栗林力吉
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愛媛県松山市道後湯之町に栗林佐十郎の長男として生まれる[2][注釈 2]。湯築高等小学校を卒業した[2]。その後は農業に従事する[2]。18歳の頃より樋口組に入り、土木事業界の人となる[2]。
独立し、土建請負業を自営[2][7][注釈 3]。鳥取県米子市にて事業の根拠を築きあげる[2]。1943年、米子市会議員に当選[7]。副議長や議長に就任する[7]。1944年に個人営業を廃業し、栗林組を設立、社長に就任する[2][7]。1959年・1963年、鳥取県議会議員に当選[5]。県会自民党、自民党に所属[5]。
米子映画社長、リツリン映画社長、鳥取県自家用自動車協会長[1]、鳥取県建設業協会会長[3][7]、西日本建設業保証監査役[7]などを務めた。