桂園派
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賀茂真淵(1679年 - 1769年)らが『万葉集』尊重を主張したのに対し、景樹らは『古今和歌集』を尊重することを主張した[1]。その歌風は平易を尊び、声調を重んじるもので、京阪神(畿内)地域を中心に流行した[1]。
門下には、内山真弓・高島章貞・木下幸文・熊谷直好など数多くいる。特に木下と熊谷は「桂園派の双璧」といわれた[1]。また、内山が執筆した『歌学提要』(天保14年〈1843年〉成立、嘉永3年〈1850年〉刊行)は、景樹の説いた歌論を、雅俗、趣向、題詠、歌詞など18章に分け組織的に門人に説いたもので、桂園派唯一の体系的歌論書とされた。

香川景樹とその門弟などの和歌を槍玉に挙げるなど、古今集的な和歌を批判した[2]。
やがて明治政府が成立すると、八田知紀や高崎正風が召しだされ、前者は歌道御用掛に、後者は御歌所初代所長に任じられ、宮内省派・御歌所派とも称された。しかし、明治30年前後において、与謝野鉄幹ら和歌の革新を求める人々から、桂園派を中心とした歌壇は批判を受けるようになる[注 1]。とりわけ正岡子規が新聞『日本』に連載した『歌よみに与ふる書』[4]は[注 2]、『古今和歌集』の評価を著しく下げる結果となり[3]、自然主義文学観と相俟って桂園派の衰退に大きく影響した[2]。
脚注
参考文献
- 図書
- 田中康二『村田春海の研究』汲古書院、2000年12月。ISBN 4762934321。
- 論文
- 田中康二「村田春海の古今風和歌:『琴後集』一〇五一を中心に」『解釈』第42巻第3号、1996年3月。
- 田中康二 著「県居派・江戸派・桂園派の歌人たち:江戸時代中・後期」、鈴木健一・鈴木宏子 編『和歌史を学ぶ人のために』世界思想社、2011年8月、178-196頁。ISBN 9784790715337。
- 寺澤行忠「子規の『古今集』批判をめぐって:日本文学にみる美的理念」『東アジアにおける知的交流:キイ・コンセプトの再検討』第44巻、国際日本文化研究センター、2013年11月、343-351頁。
関連文献
- 兼清正徳『桂園派歌人群の形成』史書刊行会、1972年。
- 兼清正徳『桂園派歌壇の結成』桜楓社、1985年4月。
- 兼清正徳『京都の桂園派歌人たち』山口書店、1990年12月。ISBN 4841107088
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