桐生かほる
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中学時代に劇団ひまわりに入団[5]。1960年代前半より後半にかけて雑誌のモデルとして『女学生の友』や『なかよし』などに登場する傍ら映画に子役として出演。主演級の出演は水谷豊(トッペイ役)主演のテレビ映画『バンパイヤ』(1968年、全26話)のヒロイン・大西ミカ役であった。手塚治虫の原作では、途中で死んで退場する大西ミカであるがテレビ版では、トッペイの恋人として最後まで出演した。この『バンパイヤ』のクレジットでは途中まで「桐生かおる」とされていたが、後半の第14話からは「桐生かほる」となっている。雑誌上においても両者の表記が存在するが、のちになると本名である「桐生かほる」に統一された。
高校在学中に知人が内藤洋子主演の東宝映画『華麗なる闘い』(1969年)のオーディションに申し込み、一次選考通知が来て驚いたというエピソードがある[2][3][4]。結局、最終選考まで残る[1]。優勝者は山田はるみだったが、最終選考に残った7人(大田黒久美、皆川妙子、坂本千桃、萩元克子、徳峰真理、中沢直子らがいた)でファニー・セブンとして売り出され、同映画にも出演[6]。同時期に東宝へ入社した[1]。1970年に東宝テレビ部へ異動し、活動の舞台をテレビドラマに移す[1][2][5]。
女子美術短期大学造型科では彫刻を専攻していた[2]。お手伝い役や店員役が多く、本人も「お手伝い女優です」と公言していたほどである[2][4]。1974年の紹介記事では「ムードがあり味のある役柄をやってみたい」と答えている[2][3]。1976年のドラマ『愛の償い』では榊原るみ演じるヒロインを面倒見る役柄で「子供っぽくみられるので、普段から話し方をゆっくりするなど落ち着いた雰囲気を心がけている」と述べている[5]。
1976年には『喜劇役者』で初舞台を果たすが、1978年に芸能界を引退した[1]。