桜井三男 (立川市長)
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1905年、東京府北多摩郡立川村(立川町を経て、現在の東京都立川市)生まれ。1933年慶應義塾高等部卒。翌年南満州鉄道に入り、撫順炭鉱総務部に配属され、文書課長となる[2]。
その後、帰国し、東京復興産業総務部長を経て[2]、桜井電機(株)社長、立川市議会議員になり、同議長になる[2]。
1959年の立川市長選挙に立候補し、市長に就任する。在任中に砂川町を合併した。また、交通安全に力を入れ、交通安全都市を宣言し、交通安全日の制定、交通相談所の開設などをした[2]。
また、市内の公園やプールを完成させ、下水処理場の工事に着手した[2]。
しかし、市長として3期目の1967年7月17日、病気で死去した。62歳。死没日付をもって正六位に叙され、勲五等双光旭日章を追贈された[3]。
脚注
参考文献
- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。
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東京都市長会会長 | |
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