桜井掬水
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1971年、23歳のとき駒師に弟子入りする。当時は東京駒が高級品で天童駒は普及品とみられていた[3]。
あるとき、兄弟子の村川秀峰が実演のため名古屋へ行き、そこで棋士の板谷進から対局用の盛上駒を見せてもらう。天童に戻ってきた村上は「いっしょにタイトル戦で使われる駒を作ろう」と桜井を誘った。はじめ、村上が彫りを、桜井が漆を担当したが、二人は互いの技法を教え合い、1985年頃には二人とも彫りと漆を自身で手掛けるに至った[4]。
同時期、天童では駒木地を作る職人が絶えたため、桜井は原木の仕入れから仕上げまで一貫して行うことにした[4]。
2015年、彬子女王(全国中学生将棋選抜選手権大会の名誉総裁)に駒を献上[6]。