京都府生まれ。京都一中を卒業。三高時代にエスペラントを学ぶ。三高を卒業。
1924年ルドヴィコ・ザメンホフの演説集をエスペラントから日本語訳して、カニヤ書店から『夜の空の星の如くに』として出版した[1]。
1926年京都帝国大学工学部工業化学科卒業。1931年(昭和6年)、工学博士。論文の題は「繊維素及其置換體ニ就テ」[2]。
1934年京都帝国大学助教授、1935年京都帝国大学教授。1967年京大定年退官・京大名誉教授。
1952年繊維学会会長。1961年高分子学会会長。1967年、日本原子力研究所大阪研究所所長・日本学士院会員、1968年日本化学会会長。元日本学士院会員。文化勲章受章者。