梁寓 From Wikipedia, the free encyclopedia 梁 寓(りょう ぐう、生没年不詳)は、中国後漢末期の孫権配下の校尉。字は孔儒[1]。 建安24年(219年)、呂蒙が荊州に侵攻し関羽を殺害すると、曹操は孫権を驃騎将軍・荊州牧に任じ、仮節を与え、南昌侯に封じた。孫権は校尉の梁寓を使者に立てて後漢の朝廷に献上物を捧げさせ、捕虜の朱光・浩周らを釈放して魏に返還し、それとともに王惇に命じて馬を買い入れさせた[2]。 曹操はやってきた梁寓をいったんは配下の掾に任じたが、まもなく南方へ送り返したという[3]。 参考文献 陳寿、裴松之注『正史 三国志』、井波律子・今鷹真・小南一郎 訳・解説(ちくま学芸文庫全8巻、1992 - 93年)、※呉書は6・7・8巻、小南一郎訳。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『魏略』 ↑ 『三国志』呉志 呉主伝 ↑ 『魏略』 Related Articles