王惇 From Wikipedia, the free encyclopedia 王 惇(おう とん、? - 256年)は、中国後漢末期から三国時代の呉の武将。 建安24年(219年)、呂蒙が荊州に侵攻し関羽を殺害すると、曹操は孫権を驃騎将軍・荊州牧に任じ、仮節を与え、南昌侯に封じた。孫権は校尉の梁寓を使者に立てて後漢の朝廷に献上物を捧げさせ、捕虜の朱光・浩周らを釈放して魏に返還し、それとともに王惇に命じて馬を買い入れさせた[1]。 太平元年(256年)11月、孫綝の従兄の孫憲は、将軍の王惇と謀って孫綝の暗殺を企てたが、事が発覚し、孫綝は王惇を殺害し、孫憲には自殺をさせたという[2]。 参考文献 陳寿、裴松之注『正史 三国志』、井波律子・今鷹真・小南一郎 訳・解説(ちくま学芸文庫全8巻、1992 - 93年)、※呉書は6・7・8巻、小南一郎訳。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『三国志』呉志 呉主伝 ↑ 『三国志』呉志 孫亮伝・呉志 孫綝伝 Related Articles