森永教夫
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道路保全技術センターへの批判
建設省入省、道路局国道第2課建設専門官、1995年4月 同道路保全対策官[2]、1996年4月 河川局河川環境課都市河川室長[3]、1998年4月 岡山県土木部長、2001年7月 国土交通省国土計画局調整課長[4][5]、2002年7月 道路局地方道・環境課長[6]、2005年1月 馬場直俊の後任として東北地方整備局長[7]、2006年7月 坪香伸を後任として退官[8]。
退官後、道路保全技術センター専務理事。同センターは道路下の空洞調査を国交省から受注してきたが、「空洞見逃し」と国会で取り上げられ、2009年5月 直轄国道の舗装(路面)に関する保全検討委員会が設置された。同年8月 同センターが空洞はないと国交省に報告していた路線で大きな空洞が発見された。同月 検討委員会の席上で森永は今後、同省の空洞調査業務の入札に参加しないことを表明[9]。11月には民主党政権下の公益法人見直しで前原誠司大臣から3年以内の解散を宣言された。同年末で理事長だった佐藤信彦が辞任し、森永が実質トップに。翌年2月、同省関東地方整備局は同センターを5か月間の指名停止処分とした[10]。
栄典
脚注
- 1 2 “令和元年秋の叙勲受章者名簿”. 国土交通省. p. 12. 2025年8月13日閲覧。
- ↑ 平成7年 1995年4月18日付 官報 号外 第73号 1頁
- ↑ 平成8年 1996年4月12日付 官報 本紙 第1871号 5頁
- ↑ 平成10年 1998年4月14日付 官報 号外 第75号 12頁
- ↑ 平成13年 2001年8月2日付 官報 本紙 第3170号 7頁
- ↑ 平成14年 2002年9月6日付 官報 号外 第197号 17頁
- ↑ 平成17年 2005年1月19日付 官報 本紙 第4015号 10頁
- ↑ 平成18年 2006年9月5日付 官報 号外 第202号 1頁
- ↑ “天下り法人 空洞調査撤退 受注独占、仕事は穴だらけ 道路保全技術センター”. しんぶん赤旗 (2009年10月5日). 2025年8月13日閲覧。
- ↑ “財団法人「道路保全技術センター」指名停止”. レスポンス (2010年2月7日). 2025年8月13日閲覧。
- ↑ “2022・2023年度 理事・監事と会長・副会長が選任されました”. 全国圧入協会 (2022年8月). 2025年8月13日閲覧。
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