植村秀明
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奈良県立郡山高等学校では1966年、2年生の時にエースとして、夏の甲子園予選紀和大会決勝で向陽高を破り、33年ぶりに夏の甲子園に出場。大会では1回戦で小千谷高を降す。2回戦では横浜一商の佐々木正雄(日大)と投げ合うが、延長10回の熱戦の末に2-6で敗退した[1]。高校の1年上には、右翼手、四番打者の白滝政孝がいた。翌1967年夏は県予選準々決勝で桜井商に敗れる。
高校球界では河原明、村田兆治らと並ぶ剛速球投手として知られていたが、甲子園でも長身から投げおろす重い速球とシュート、カーブでプロ野球関係者の注目を浴びた。
1967年のドラフトに広島から2位指名され入団。しかし一軍公式戦出場はなく、1971年限りで引退。