楊双子
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およそ5歳の頃、両親が離婚し、父親は家を出て母親は再婚したため、二人は祖母を頼りに育った[5]。二人が14歳の時に祖母は亡くなり、学校の教員や講師から支援を受けるだけでなく、高職入学後は姉妹も働き始め、昼間は働き、夜間学校に通う自立した生活を送っていた[5][7]。
2008年頃から、二人は百合文化に魅了され、若暉は文化的研究を、若慈は創作活動を行った。若慈はアニメ「魔法少女リリカルなのは」の二次創作を契機に初めての小説を書いた[6]。2014年に新台湾平和基金会が歴史小説賞を設立した[8]。若暉は乳がんとの診断を受けており、賞金によって医療費や経済的負担を軽減したいと考えた[6]。二人は協力して台湾の歴史百合小説を執筆することを決意し、若暉が歴史文献の調査とデータベース化を担当し、若慈がアイデアやストーリー構成を担当した[3][9]。また、2008年の「野イチゴ学生運動」と2014年の「ひまわり学生運動」の二つの学生運動に衝撃を受けて、台湾自身の物語を書くことを志向した[10]。
若慈は作家であると同時に学者でもあり、その研究領域は大衆文学とACGサブカルチャーである[6]。雑誌や書籍に個人論文を発表し、修士論文は中華民国教育部「第102回教育部男女共同参画教育修士・博士論文・雑誌論文奨学金」を受賞した[4]。
若暉の死去から1年後の2016年に、若慈は楊双子のペンネームで、第一作の百合小説『撈月之人』を刊行した[6]。その後刊行された長編小説『花開時節』(2017年)、短編小説集『花開少女華麗島』(2018年)は、どちらも日本統治時代の台湾を舞台にした百合小説である[6]。また、楊双子が原作の漫画『綺譚花物語』は、日本では2022年にクラウドファンディングにより刊行されている[6]。
2020年に刊行された『臺灣漫遊錄』も、日本統治時代の台湾を舞台に日本の女性作家と台湾人通訳の女性の交流を描いた歴史百合小説である[1]。台湾文学研究者の赤松美和子は、本作について、異性愛のような恋愛小説に収まらなかったことにより、「ジェンダー、民族、階級の不平等を可視化した」と評している[1]。同作は台湾文学として初めて2024年の 全米図書賞翻訳文学部門を受賞し(Lin King訳『Taiwan Travelogue』)、同年の日本の日本翻訳大賞も受賞した(三浦裕子訳『台湾漫遊鉄道のふたり』)[1]。全米図書賞の受賞スピーチで、楊双子は日本統治時代を舞台に小説を書くことについて、「台湾人とはいったい何者なのか」という問いに答え、より良い未来に向かっていくためと述べた[11]。
作品
著作
- 『撈月之人』(2016年)
- 『華麗島軼聞:鍵』(2017年) アンソロジー
- 『花開時節』(2017年)
- 『花開少女華麗島』(2018年)
- 『臺灣漫遊錄』(2020年)
- 日本語訳『台湾漫遊鉄道のふたり』三浦裕子訳、中央公論新社(2023年)
- 『我家住在張日興隔壁』(2020年)
- 『開動了!老台中:歷史小說家的街頭飲食踏查』(2021年)
- 日本語訳『オールド台中食べ歩き 歴史小説家が案内する老舗屋台の味』木内貴子訳、日経ナショナルジオグラフィック社(2026年)[12]
- 『四維街一號』(2021年)
- 日本語訳『四維街一号に暮らす五人』三浦裕子訳、中央公論新社(2025年)
漫画原作
- 『綺譚花物語』(2020年) 星期一回収日著
- 日本語訳『綺譚花物語』黒木夏兒訳、サウザンブックス(2022年)
