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榮森己喜男

日本中央競馬会の騎手 From Wikipedia, the free encyclopedia

榮森 己喜男(えもり みきお、1953年5月3日 - )は、北海道出身の元騎手。

国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 (1953-05-03) 1953年5月3日(73歳)
概要 榮森己喜男, 基本情報 ...
榮森己喜男
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道
生年月日 (1953-05-03) 1953年5月3日(73歳)
騎手情報
所属団体 日本中央競馬会
所属厩舎 中山白井・高橋英夫(1973年 - 1976年)
中山→美浦・鈴木清(1976年 - 1979年)
美浦・高橋英夫(1979年 - 1980年)
栗東・新川恵(1980年 - 1981年)
栗東・吉永忍(1981年 - 1984年)
初免許年 1973年3月3日
免許区分 平地・障害
騎手引退日 1984年9月9日
重賞勝利 1勝
通算勝利 968戦74勝
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来歴

1973年3月に中山白井・高橋英夫厩舎からデビューし、同3日の中山第3競走4歳未勝利・アスカ(15頭中13着)で初騎乗[1]を果たす。8月5日の福島第4競走4歳未勝利で初騎乗馬アスカに騎乗し、8頭中8番人気ながら勝利して初勝利[2]を挙げ、枠連は25690円の波乱[3]となった。11月11日の新潟で初の1日2勝[4]を挙げ、1年目の同年は6勝[5]をマーク。

2年目の1974年には3月2日・3日の中山で初の2日連続勝利[4]を記録し、後に同年秋の天皇賞馬となるカミノテシオに騎乗[6]。

3年目の1975年には11月15日の東京第11競走4歳以上500万下を10頭中10番人気のイスズミノルで勝利し、枠連32410円の波乱[7]を呼んだ。

鈴木清厩舎に移籍した1976年にはクイーンカップでニッショウダイヤに騎乗しテイタニヤの3着[8]に入り、自身唯一の2桁勝利となる10勝[5]をマーク。

1978年にはアラブ王冠(秋)・タツカゲで自身唯一の重賞勝利[9]を挙げ、高橋厩舎に復帰した1979年には12月23日の中山第3競走3歳未勝利を18頭中17番人気のタイジュリックで勝利し単勝21290円の波乱[10]を呼んだ。

1980年には栗東・新川恵厩舎に移籍し、京都記念(秋)では脚元の弱かった[11]イナドコトブキでグレートタイタンの3着[12]に入った。 

1981年には吉永忍厩舎に移籍し、1982年のシュンエイ記念ではホクトライデン産駒ゴンゲンハヤトで2着[13]に入った。

1984年にはグレード制導入後最初のGIとなった桜花賞では内藤繁春厩舎のマルカサーペンに騎乗[14]したが、1月28日の京都第2競走4歳未勝利を11頭中10番人気のグリーンタイムで勝利したのが最後の勝利[15]となり、9月9日の阪神第6競走3歳新馬・アサクサロマン(13頭中12着)を最後に引退[16]。

騎手成績

さらに見る 通算成績, 1着 ...
通算成績1着2着3着4着以下出走回数勝率連対率
平地 71 77 69 705 922 .077 .161
障害 3 2 1 40 46 .065 .109
計 74 79 70 745 968 .076 .158
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主な騎乗馬
  • タツカゲ(1978年アラブ王冠 (秋))

脚注

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