樋口士郎
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四日市中央工業高校3年次に主将として1977年度の高校選手権準優勝に貢献[1]。大会後には優秀選手として日本高校選抜に参加、また日本ユース代表にも選出され長く主将を務めていた[2]。
卒業後の1978年に当時日本サッカーリーグ(JSL)2部の本田技研工業サッカー部に入部。1980年に得点王に輝き、JSL1部昇格の原動力となった。その後、1987年に本田時代の桑原勝義監督がクラブを立ち上げたばかりのPJMフューチャーズに移籍、創設期の中心選手として活躍し、1989年の天皇杯に2試合フル出場した。また、これと並行して佛教大学に入学し教員免許を取得、1990年に現役を引退した。
1991年からは母校の四中工に赴任し、サッカー部コーチとしてその年に高校総体ベスト4、高校選手権初優勝を経験した。1995年に恩師の城雄士[3]の後を継いで監督に就任。現在、多くの選手をJリーグ及び各年代の日本代表に送り出している。
2018年10月、今季限りで勇退することが発表される。2018年12月31日、第97回全国高校サッカー選手権第1回戦、対秋田商業戦に0-2で敗れ四中工監督として最後の試合となった[4]。
所属クラブ
- 三重県立四日市中央工業高等学校
- 1978年 - 1985年 本田技研工業
- 1987年 - 1990年 PJMフューチャーズ
個人成績
代表歴
指導歴
- 1989年 - 1991年3月 PJMフューチャーズ 選手兼コーチ
- 1991年4月 - 2019年3月 三重県立四日市中央工業高等学校
- 1991年4月 - 1994年 コーチ
- 1995年 - 2019年3月 監督
- 2002年 日本高校選抜デュッセルドルフ国際ユース大会 監督
- 2005年 U-16日本代表モンテギュー国際大会 コーチ
- 2019年4月 - ヴィアティン三重
- 2019年4月 - 同年12月 強化部長兼アカデミーダイレクター
- 2020年 U-15監督兼アカデミーダイレクター
- 2021年 - 2025年 三重県サッカー協会 FAコーチ (出向)
- 2021年 アカデミーアドバイザー
- 2022年 - 2025年 トータルアドバイザー
- 2026年 - テクニカルダイレクター