横山誠
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10代からデパートの屋上のアクションショーなどに参加しており、映画『未来忍者 慶雲機忍外伝』の助監督からジャパンアクションクラブを紹介して欲しいと頼まれたさいにチームが作った自主映画を視聴してもらい、監督の雨宮慶太もその作品を視聴したことで、1988年に同作の白怒火役でスタントマンとしてプロデビューした[3]。
1989年に東京写真専門学校を卒業[3]。1991年に明治大学文学部を卒業[3]。1995年春、『パワーレンジャー』の出演のために渡米[4][5]。半年ほどスタントマンとして同作品に参加していたが、坂本浩一が横山が監督したスタントマン紹介ビデオを視聴したことで監督のオファーが入る[4]。それがきっかけとなり坂本浩一のスケジュールが合わない際に代理として『パワーレンジャー』のセカンドユニット監督を担当[6][4]。パワーレンジャーシリーズにおいてセカンドユニット監督には合成や日本の特撮監督にあたる仕事もこなす為、合成の知識が豊富な横山は適任だったとされる[4]。
後に正式に監督となり[5]、主にアクション監督、ときおり本編監督として[7]、約8年間のうちに約400話を手掛けた[2][3]。
2002年には「パワーレンジャー」シリーズの撮影ロケ地がニュージーランドへ変更されたため、そこに移住し、『パワーレンジャー・ニンジャストーム』のセカンドユニット監督を担当した後、2003年に日本へ帰国[7]。有限会社AAC STUNTS代表取締役社長に就任した[7][3]。
出演
- 未来忍者 慶雲機忍外伝(1988年)
- 昭和鉄風伝 日本海(1991年)
- ゼイラム(1991年)
- ゼイラム2(1994年)
- 獣神サンダーライガー 怒りの雷鳴 FIST OF THUNDER(1995年)
- 人造人間ハカイダー(1995年) - 盗掘者
- パワーレンジャーシリーズ
- パワーレンジャー Mighty Morphin' Power Rangers(1995年 - 1996年) - ホワイトレンジャー、ホワイトニンジャレンジャー、ブラックレンジャー、ブラックニンジャレンジャー、ホワイトタイガーゾード、テンガ、Zゴーレム、マスクド・ライダー
- パワーレンジャー・ジオ Power Rangers Zeo(1996年) - レッドレンジャー
- パワーレンジャー・ターボ・映画版・誕生!ターボパワー Turbo: A Power Rangers Movie(1997年) - グリーンレンジャー
- パワーレンジャー・イン・スペース Power Rangers In Space(1998年) - ブラックレンジャー、シルバーレンジャー、サイコレッド、エクリプター
- パワーレンジャー・ワイルドフォース - ルナウルフレンジャー(代役)、ジオレッドレンジャー(全員集合時)
- ウィケッド・ゲーム Wicked Game(2000年) - ラスベガスのギャング1、スカイダイビング・スタント
- キューティーハニー(2004年)