橋本舞孔

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橋本 舞孔(はしもと むく、2005年3月26日 - )は、日本プロボクサー埼玉県朝霞市出身[1]。第5代日本ライト級ユース王者DANGANジム所属。かつては新日本木村ジムに所属していた。

元々は野球少年で、親が熱心なのもあり、日大豊山中学校で、副キャプテンでレギュラーとして、文部科学大臣杯第10回記念全日本少年春季軟式野球大会に出場。中学3年生の秋頃に野球を辞めて、「ボクシングをやりたい。」と親に話すと、「ちゃんとした指導者の元で習った方がいい。」と教育熱心な父親が東京都アマチュアボクシング連盟に連絡。当時、理事だった吉沼茂に「大泉学園ボクシングジムの中澤弘樹会長に教えてもらうといい。」と言われ、家から自転車で1時間かけて、朝霞から大泉学園に通った。中澤弘樹は、他のジムの選手のパーソナルを請け負っており、そこにいた光富元(後の2025年新人王、当時はアマチュアで新日本木村ジム。現在は六島ジム。)に憧れる。一度は受験でボクシングを辞めるも、高校1年生の冬にまた同ジムに戻り、中澤弘樹会長の元で修行を積む。本来オーソドックスであったが、中澤会長に「サウスポーの方が才能がある。」とオーソドックスからサウスポーに切り替えた。パーソナルで来ていた光富とはスパーリングを繰り返し、毎回やられていた橋本はその悔しさをバネに練習を重ねた。初めて出場したスパーリング大会では、後にプロボクサーになる倉持廉粏(本望ジム)にKOされ苦い思いをする。2年後憧れの光富がいる新日本木村ボクシングジムに移り高校3年時にプロデビューを果たした。[2]。菊池音央(現在志成ジム)も当時新日本木村ジムで、菊池と光富と仲良く練習できた時間を後に橋本は「とても貴重な時間だった」と語っている。現在も3人の交友関係は続いており、橋本は中澤弘樹のパーソナルを引き続き受けている。


2022年12月9日のプロデビュー戦は3回TKO勝ち[3]。。

翌2023年7月28日、東日本新人王スーパーフェザー級準々決勝にて下村佳輝相手に4回TKO負けを喫してプロ初黒星を喫した[4]

2025年6月1日、デビューから所属していた新日本木村ジムからDANGANジムへ移籍。

その後2026年1月13日、後楽園ホールで開催の『第148回フェニックスバトル』にてA級初戦として日本ライト級ユース王者岩本星弥と日本ユースライト級タイトルマッチを行い、8回3-0(77-75×3)判定勝ちで日本ユース王座獲得[5]

2026年1月31日、日本ボクシングコミッションは2026年1月のランキングを発表し、日本ユース王座を獲得した橋本をライト級10位にランクインした。

戦績

  • プロ戦績10戦7勝(3KO)1敗2分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
12022年12月9日3R 1:52TKO竹内拓馬(レイS)日本の旗 日本プロデビュー戦
22023年3月16日4R判定3-0下坂一樹(DANGAN越谷日本の旗 日本
32023年6月9日4R判定3-0渋谷和磨(ジャパンS)日本の旗 日本2023年度東日本スーパーフェザー級新人王予選
42023年7月28日4R 1:41TKO下村佳輝(三迫日本の旗 日本2023年度東日本スーパーフェザー級新人王準々決勝
52024年2月2日4R判定1-0梶野翔太角海老宝石日本の旗 日本
62024年7月31日3R 2:23TKO舒世昌中華人民共和国の旗 中国
72024年12月20日6R判定3-0陳帥中華人民共和国の旗 中国
82025年3月29日6R判定0-0池上いつ己(八王子中屋日本の旗 日本
92025年9月5日4R 1:52TKOチャックリット・ラーチャコットタイ王国の旗 タイ
102026年1月13日8R判定3-0岩本星弥(JB SPORTS)日本の旗 日本日本ユースライト級タイトルマッチ
テンプレート

獲得タイトル

脚注

関連項目

外部リンク

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