橘通り (尼崎市)
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歴史
江戸時代に築城された尼崎城を有し5万石を領した尼崎藩は、尼崎市の地に阪神間で唯一の城下町を形成した。昭和期は、国内有数の工業都市として発展してきた街である一方で、自然景観に恵まれていない面も多く、都市美観の重要な要素である自然、町並み、公共広場の整備に多くの課題を残していた[4]。尼崎市では、立地条件を生かした街づくりを目指した「尼崎市総合基本計画」に掲げたビックゾーン構想に基づき、橘通りを市役所などとともにシンボルゾーンに位置づけ、都市の顔として環境整備がすすめられた[2]。
市制70周年記念事業の一環として、都市計画道路、北難波今橘公園、小中学校、市営住宅などの用地を利用して歩道を4 - 10m拡幅した際に、既存のガードレールを撤去して、ストリートファニチェア等を設置した[2]。また、背の低い車止め(ボラード)を車道側に設け、歩道を人造御影石製のタイルで舗装して修景し、周辺公共施設のブロック塀を撤去して、開放感を醸している。さらに、快適な歩行者空間の形成のために植栽を行って緑化することにより違和感を少なくさせ、電線を地中埋設化するなど美化が図られた[2]。