欧陽炯
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経歴
生まれは唐の昭宗の乾寧3年(896年)、欧陽炯は若くして前蜀の後主王衍に仕えて中書舎人となり、蜀が亡びると後唐に帰順し、秦州(現在の甘粛省天水市)従事となる。孟知祥が西川節度使に任じられると、欧陽炯は西川(益州)に戻った。その後、西川節度使に任じられた孟知祥が成都を拠点に自立し、後蜀を建てると、欧陽炯は今度は孟知祥に仕え、再び中書舎人となる。広政12年(949年)、後主孟昶は彼を任命して翰林学士とし、950年、欧陽炯は知貢挙・判太常寺。礼部侍郎に遷り、陵州(現在の四川省眉山市)刺史を拝領し、吏部侍郎に転じ、承旨を加贈された。961年。欧陽炯は門下侍郎兼戸部尚書・平章事・監察国史を拝し、宰相となった。965年、宋の太祖が後蜀を滅ぼすと、欧陽炯は宋に帰順し、右散騎常侍となり、にわかに翰林学士に充てられ、左散騎常侍に転じた。
太祖の開宝4年(971年)、宋が南漢を滅ぼすと、彼は南海を祭る一件で、太祖の弟の趙光義に罪を得て、本官西京[注 2]分司[注 3]を以て卒した。年は76歳、工部尚書を追贈された。
芸術的評価
代表詞作
| 巫山一段雲[* 1] | ||
|---|---|---|
| 白文 | 書き下し文 | 訳文 |
| 春去秋來也[* 2] | 春去り 秋来たるや[* 2] | 春は去り秋がやって来た |
| 愁心似醉醺[* 3] | 物寂しい気持ちは酔いが身に | |
| 去時邀約[* 4]早回輪 | 去る時 |
別れる時に、また会う約束をすると、早々と車輪を返して去って行く |
| 及去又何曾 | 去るに |
あなたが去る時に今まで何かこんなことってあったかしら[* 5] |
| 歌扇花光黦[* 6] | 歌扇の花光 |
わたしが歌舞に使う扇の花柄は |
| 衣珠滴淚新 | 服に縫い付けた | |
| 恨[* 7]身翻[* 8]不作車塵 | 残念なのは、変身してその車輪に付く土ぼこりとなって | |
| 萬里得隨君 | 万里 君に |
万里の |
- 注釈
- 「也」で「秋が来た!」と強調している。
- 「醺」は字義通りには「ほろ酔い」だが、ここでは「酔醺」で、酔ってふらついて気分が悪いことを言うようだ。
- 「邀約」で「(また会う)約束をする」。
- 反語。「今までこんなこと何もなかったのに!」。
- 黒ずんだ黄色。黒ずみ
色 褪 せた様子。 - 残念な気持ち。心残りな気持ち。
- 「身翻」で、生まれ変わる。または変身する。
- 付き従う。付いて行く。
- 長い道のり。
- 注釈
- 「舸」は大きな船。
- 『歴代名詞選』(1965年), pp.116-117では“槿の花咲く垣根の外の竹の生えている辺りに「よこたわ」って架けられた橋”としているが、『全唐五代词释注』(1998年), pp.1139-1140 (籍成山 撰稿)では“槿の花咲く垣根の外に「竹を架け渡して作った橋」”としている。
| 春光好[‡ 1] | ||
|---|---|---|
| 白文 | 書き下し文 | 訳文 |
| 花滴露 | 花 露を滴らせ | 花はしとどに露を滴らせ |
| 柳搖煙 | 柳 |
柳は |
| 艷陽天 | 日の煌めく麗らかな春の空 | |
| 雨霽山櫻紅欲爛 | 雨 |
雨が上がって晴れた空に、山桜[‡ 2]が |
| 谷鶯遷 | ||
| 飮處交飛玉斝 | 飲む処 |
飲み会では、 |
| 游時倒把金鞭 | 遊ぶ時 |
遊ぶ時は、気ままに |
| 風颭九衢楡葉動 | 風は |
四方八方に広がる街角の至る所に、風がどっと吹きつけ |
| 簇靑錢 | 青銭を |
緑青ふいた銅銭のような青い楡の実を吹き |
- 注釈
- 「山桜」と訳すが、元より日本の山桜ではなかろう。赤い花が美しい山に生えるバラ科の植物であろう。
- 谷間を行き来する。
- ウグイスが鳴きながら谷間をあちこち行き来する事を指す表現。本来、日本のウグイスに対して使い、コウライウグイスのことではないが、同様の動きを指しているので、使用してみる。
- 「斝」は古代の酒器、杯の1種。ここでは、「玉斝」で杯の美称。
- 「金鞭」は、鞭の美称。「倒に金鞭を把る」というのは、思い思いに鞭を手に馬を騎り回す様子を表す。