歌って笑ってドンドコドン
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上岡龍太郎がパーソナリティを長らく務めていた番組の一つ。関西ローカル放送でありながら、本人がタイトルコールの際に、「『北は国後・択捉から南は沖縄・石垣島。日本列島全国津々浦々、いかなる山間、へき地、文化果つる所、寒村離島までも電波を送り届ける』という、今や社会的国民行事的番組」[注釈 3]との口上を毎回述べていたことで知られる。
リスナー(番組内では「ドンドコ リスナー」と呼称)がハガキで寄せたメッセージを基に出演者がフリートークを展開していたことや、「ドンドコ リスナー」によるスタジオ見学を放送中に認めていたことが特徴。番組開始当初のパーソナリティは横山ノック[注釈 4][1]で、上岡はサブパーソナリティを務めた。
基本としてラジオ大阪本社(1993年3月までは大阪市北区の「桜橋」 → 以降は同市港区の「弁天町」)内のスタジオから放送していたが、1985年8月までは、阪神百貨店梅田本店の1階に当時存在していた「サテライトスタジオ」を随時使用。本社屋移転のタイミングと重なった1993年3月27日には、既に閉鎖されていた「サテライトスタジオ」からの生放送を1日限定で復活させた。
上岡は1975年1月から、当番組の本番前(土曜日の12時台)に『ノックは無用!』(関西テレビ本社スタジオからの生放送によるノックの冠番組)へレギュラーで出演。ラジオ大阪の本社が「桜橋」、関西テレビの本社が(「桜橋」と同じ大阪市北区内の)「西天満」に所在していた1993年3月までは、「『ノックは無用!』にエンディングパート[注釈 5]まで出演してから、ラジオ大阪のスタジオへ自動車で直行することによって、(当時13:00から始めていた)当番組の生放送へ間に合わせる」というスケジュールを組んでいた[2]。このような事情から、当番組では13時までに上岡がスタジオへ到着出来なかった場合は他の出演者によるフリートークなどで対応(間に合った場合は前述の口上から出演)。昼食を取る時間がなかった上岡への配慮から、本人を含めた出演者が放送中にスタジオや技術室で昼食を取る時間を、「ランチタイム」と称して確保していた[3]。
上岡が土曜日に在阪他局の生放送番組(朝日放送の『わいわいサタデー』や読売テレビの『ときめきタイムリー』)にもレギュラーで出演していた1980年代前半からは、本人のスケジュールに応じて、事前収録による擬似生放送を随時実施。ラジオ大阪の本社が「弁天町」へ移転した1993年4月からは、『ノックは無用!』の本番を終えてからの移動で「桜橋」時代より時間を要することを背景に、当番組の放送開始時間を14:00に繰り下げた。この時期には『どんどこワイド』(土曜日12:00 - 18:00)に内包されていたが、後に単独番組へ戻っている。
上岡は当番組が終了してから、『ノックは無用!』の終了(同年9月27日)などを経て、2000年4月をもって芸能界から引退。その後は公の場にほとんど姿を表さないまま、2023年5月19日に81歳で逝去した。ラジオ大阪は2023年に開局65周年を迎えていたが、上岡の訃報を受けて、最終回の同録音源を19分間に編集。逝去から2ヶ月後(7月17日=月曜日・海の日)に、この音源を開局65周年記念番組『World Bentencho Carnival ~大阪・関西から世界へ~』第2部(6:30 - 11:00に生放送の「レジェンドと語る、あの時・あの番組」)内の10時台前半に流すことで上岡への弔意を示した。
放送時間
| 期間 | 放送時間 |
|---|---|
| 1974年10月5日 - 1976年7月3日 | 土曜日 13:00 - 16:50 |
| 1976年7月10日 - 1976年9月 | 土曜日 13:00 - 16:00 |
| 1976年10月2日 - 1978年11月4日 | 土曜日 13:00 - 16:30 |
| 1978年11月11日 - 1979年4月7日 | 土曜日 13:00 - 16:35 |
| 1979年4月14日 - 1980年12月6日 | 土曜日 13:00 - 16:20 |
| 1980年12月13日 - 1981年3月 | 土曜日 13:00 - 16:00 |
| 1981年4月4日 - 1993年3月 | 土曜日 13:00 - 15:00 |
| 1993年4月3日 - 1999年3月27日 | 土曜日 14:00 - 16:00 |