正常化
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外交における正常化
教育における正常化
大学紛争における正常化(1960~70年代)
1960年代末期に全国の大学で全共闘運動の高揚に伴い、学生が大学当局と制度や教育のあり方を巡って対立し、ストライキや集団交渉(団交)のために授業や研究活動が停止する事例が相次いだ(大学紛争)。この異常事態に対して、学生側が大学当局と合意の上和解し、授業や研究活動が再開されることを「正常化」と呼んだ。1969年に制定された大学の運営に関する臨時措置法にも「大学における教育及び研究の正常な実施」(第1条)という表現が見られる。
こうした「正常化」は、全共闘と対立する日本民主青年同盟や学生運動に消極的な学生(いわゆる「ノンポリ学生」)の主導で行われることが多かったため、全共闘や新左翼セクトの側からは「正常化」という言葉は軽蔑・揶揄的なニュアンスで用いられた。
1970年代に入ると学生運動は徐々に下火になり、大部分の大学が「正常化」されたため、この言葉が使用されることは次第になくなった。
戦前教育回帰論における正常化(2000年代)
戦後教育を「異常」とする立場から1947年以前への復帰が、主に保守・右翼によって主張される。古くは1973年に自由民主党の若手右派議員で結成された青嵐会の趣意の中に「国民道義の高揚を図るため、物質万能の風潮を改め、教育の正常化を断行する。」という一節があるが、こうした主張が論壇などの中で目立つようになってきたのは2000年代になってからである。一例としては、中西輝政編『教育正常化への道 英国教育調査報告』(2005年、PHP研究所)など。現実的な改革論ではない場合が多く、戦後民主主義教育をイデオロギー的に全否定すべき存在と認識しているために「正常化」の語を使っていると言える。従って、「異常」とされた側からは「弾圧」「民主主義の否定」と批判される場合が多い。
中西の編著は自由民主党、民主党議員がイギリスのサッチャー政権の教育政策を範として渡英した「英国教育調査団」の報告をまとめたものだが、安倍晋三も調査団に名を連ねていた。安倍政権が教育基本法改正を強行したのは、教育正常化の強い意欲があったからとされる。
具体的な内容としては、次が挙げられる。
- 愛国心を教育すること。
- グローバリゼーションとの齟齬が指摘されている。
- 国旗・国歌を尊重すること。
- 「自虐史観」に基づく教育基本法の改正、歴史教科書の是正など。
- 部落解放同盟や日教組など、「反日」とされる組織の無力化。公務員、特に教職員の労働争議及び政治的行為(政権に敵対する行為に限定されている点に注意)の完全な禁止。
- 集会・結社・表現の自由に対する侵害(日本国憲法第19条違反)、ストライキ権に対する侵害(日本国憲法第28条違反)と指摘されている。
- ジェンダーフリーなどの「過激な性教育」を禁止すること。
- 東京都立七生養護学校での「指導」は、教育への不当な介入・支配(教育基本法(旧法)第16条違反)であると断罪された。