武岡優斗

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カタカナ タケオカ ユウト
ラテン文字 TAKEOKA Yuto
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-06-24) 1986年6月24日(39歳)
武岡 優斗
名前
カタカナ タケオカ ユウト
ラテン文字 TAKEOKA Yuto
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-06-24) 1986年6月24日(39歳)
出身地 京都府京都市
身長 178cm
体重 73kg
選手情報
ポジション MF / DF (SB)
利き足 右足
ユース
2002-2004 日本の旗 大谷高校
2005-2008 日本の旗 国士舘大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2009 日本の旗 サガン鳥栖 40 (3)
2010-2013 日本の旗 横浜FC 95 (11)
2014-2018 日本の旗 川崎フロンターレ 60 (1)
2019 日本の旗 ヴァンフォーレ甲府 25 (0)
2020 日本の旗 レノファ山口FC 19 (0)
通算 239 (15)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

武岡 優斗(たけおか ゆうと、1986年6月24日 - )は、元プロサッカー選手。ポジションはミッドフィールダーディフェンダー

国士舘大学4年時には主将を務め、天皇杯では鹿島アントラーズを相手に善戦し、PK戦まで持ち込む活躍を見せた。

2009年に当時J2のサガン鳥栖へ入団。ルーキーイヤーながらリーグ戦40試合(うち先発34試合)に出場しチームの中心選手として活躍。翌2010年、鳥栖を退団した監督の岸野靖之を追うように横浜FCへと移籍、初年度は21試合に出場を果たすが、大怪我を負い、2011年度は全く出場がなかった。翌年復帰すると主力として活躍、2013年にはサイドバックにコンバートされてレギュラーに定着する。

2014年に川崎フロンターレに完全移籍[1]風間八宏監督の元、3バックの一角も務める。2015年にはJ1初ゴールも記録した。

2016年に左膝軟骨を痛め、11月に手術(全治4ヶ月)[2]。翌2017年6月にも左膝蓋骨軟骨損傷で再度手術(全治6ヶ月)[3]。結果、2017-18の2シーズンでリーグ戦出場8試合にとどまり、2018年シーズン終了後、契約満了が発表された[4]

2019年1月、ヴァンフォーレ甲府に加入[5]。25試合に出場したが、同年限りでの契約満了が発表された[6]

2020年2月、レノファ山口FCのタイキャンプに古賀俊太郎と共に練習生として参加し、キャンプ終了後正式加入が認められた[7]。サイドバックの他ボランチでも出場したが、2020年12月10日に契約満了に伴うレノファ山口FCの退団が発表された[8]。2021年3月1日に自身のブログを通じて現役引退を発表した[9]

2021年5月22日に行われたJ1第15節・川崎フロンターレvs横浜FCの試合に先立ち川崎主催の引退セレモニーを実施、翌日のブログで再生医療関連事業を展開するセルソースに就職したことを明らかにした[10]

エピソード

所属クラブ

ユース経歴
プロ経歴

個人成績

国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2008国士大10---4343
2009鳥栖26J2403-20423
2010横浜FC28210-20230
20111400-0000
2012347-10357
2013404-00404
2014川崎17J140000040
20153016030391
20161804010230
201730000030
201850001060
2019甲府41J2250-20270
2020山口190--190
通算日本J1 60110050751
日本J2 17914-11019014
日本 --4343
総通算 2391510020326918
国際大会個人成績
年度クラブ背番号出場得点
AFCACL
2014川崎1730
201710
201820
通算AFC 60

その他の公式戦

タイトル

クラブ

川崎フロンターレ

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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