歩兵第410連隊
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連隊創設
大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)の末期、1945年(昭和20年)1月20日に帝国陸海軍作戦計画大綱が策定された結果、本土決戦に備えるべく急造が決定した54個師団の一つであり、そのうちの第一次兵備として2月28日に編成が命じられた16個の沿岸配備師団の一つである第143師団隷下の歩兵連隊である。
米英軍との本土決戦が間近に迫る中、太平洋沿岸地域で名古屋の水際防衛を担う護古部隊の一つとして安倍郡有度村(現在の静岡市清水区)に設置された[2]。連隊本部は有度国民学校(現在の静岡市立清水有度第一小学校)に置かれ、第3大隊は庵原郡瀬名(現在の静岡市葵区瀬名)に置かれた[3]。
主な任務
米軍の上陸はついぞ来なかったため決戦壕や塹壕の掘削、大砲陣地やトーチカの建設にとどまったが本来は、日本平から駿河湾に向けた大砲の操作などの沿岸警備や米軍が上陸した際の地上戦闘などが主な任務であった[4]。
連隊長
- 松井利生(まついとしなり)大佐[3]