歩兵第57連隊

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創設 1905年明治38年)
廃止 1945年昭和20年)
所属政体 日本の旗 日本
所属組織  大日本帝国陸軍
歩兵第57連隊
創設 1905年明治38年)
廃止 1945年昭和20年)
所属政体 日本の旗 日本
所属組織  大日本帝国陸軍
編制単位 連隊
兵科 歩兵
所在地 青森 - 習志野 - 佐倉
通称号/略称 玉5916
上級単位 第15師団 - 第1師団
最終上級単位 第1師団
最終位置 フィリピン セブ島
戦歴 日露 - 日中 - 第二次世界大戦
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歩兵第57連隊(ほへいだい57れんたい、歩兵第五十七聯隊)は、大日本帝国陸軍連隊のひとつ。

駐屯地歩兵第2連隊と同じ佐倉城址(現在の佐倉城趾公園)。公園内には弾薬庫跡、訓練用施設などの遺構が残存している[1]。 連隊の軍旗は、戦後、レイテ島から分担して持ち出され、靖国神社に収められた[2]

2月 - 二・二六事件の鎮圧のため東京市へ出動。同年3月14日までに帰還[3]
4月30日 - 満州駐剳、チチハルに駐屯する
以後7年間、満州孫呉に駐屯し赤軍匪賊との小競り合いが続く
グアムに第3大隊を派遣
7月 - アメリカ軍が上陸開始(グアムの戦い)、マンガン山で激戦を繰り広げるも損害大
8月11日 - 第3大隊は玉砕する
11月1日 - 連隊主力はレイテ島オルモックに上陸
11月4日 - リモン峠の戦いが始まる。米陸軍第24師団と戦闘。第24師団の損耗激しく、後に米第32師団、第11空挺師団が増援され日本軍は劣勢に。第二大隊長の長嶺秀雄少佐も三度負傷[4]
12月 - リモン峠からの撤退命令で、第一師団司令部にたどり着いた頃には連隊の兵力はわずか90名程で、ほとんど全滅状態であった[5]。カンギポットへ転進
1月 - セブ島へ転進
5月 - 遊撃戦に転換する
8月 - 終戦
8月18日 - 両軍による停戦式が執り行われる

歴代連隊長

歴代の連隊長
(特記ない限り陸軍大佐
氏名在任期間備考
1勝賀瀬元1905.7.13 -中佐
2小沢徳平1906.3.12 - 1907.10.4
3竹迫弥彦1907.10.7 - 1912.9.28中佐、大佐昇進
4湯地藤吉郎1912.9.28 - 1915.8.10
5金谷範三1915.8.10 - 1916.5.2
6福原佳哉1916.5.2 -
7林銑十郎1918.7.24 -
8野口猪雄次1920.1.30 -
9原田敬一1922.2.8 -
10安田郷輔1923.2.1 -
11山中三郎1924.2.4 - 1925.3.18現職で死去
12山崎定義1925.3.18 -
13佐藤信亮1927.2.10 -
14大串敬吉1928.3.8 -
15小松原道太郎1930.8.1 -
16今村均1932.4.11 -
17羽守清一郎1933.8.1 -
18山口直人1935.3.15 -
19秦彦三郎1937.8.2 -
20木村松治郎1938.7.15 -
21斎俊男1939.8.1 -
宮内良夫1941.12.1 -

脚注

参考文献

関連項目

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