歩兵第89連隊
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- 1939年(昭和14年)
- 2月から3月 - 第3大隊が中部太平洋方面第1派遣隊に加わり南洋諸島東部支庁ポナペ島(現・ミクロネシア連邦ポンペイ島)派遣を下令されるが、松輸送における輸送船崎戸丸の沈没により半数以上の兵力が上陸に失敗した歩兵第18連隊に代わる形で北部支庁サイパン島(現・北マリアナ連邦)へ向かう。
- 3月19日 - 第3大隊はサイパン島に上陸
- 6月 - 第3大隊、サイパンの戦いでアメリカ軍と交戦するも総員玉砕→詳細は「サイパンの戦い § 合同司令部自決」を参照
- 7月6日 - 第1・第2大隊に動員下令、沖縄県へ移駐
- 8月5日 - 那覇に上陸
- 1945年(昭和20年)
- 4月1日 - アメリカ軍が沖縄に上陸を開始。連隊は沖縄県中頭郡西原村(現・西原町)の運玉森陣地で防御にあたり、弾薬が尽きると手りゅう弾と銃剣による白兵突撃を行い多くの犠牲を出した[1]。これ以降首里市(現・那覇市)付近で激戦を繰り広げる→詳細は「沖縄戦 § 首里戦線前衛陣地の戦い」、および「歩兵第22連隊 § 幸地の戦い」を参照
- 6月 - 首里一帯はアメリカ軍の制圧下に入る。沖縄県島尻郡高嶺村(現・糸満市)の与座岳に退却。
- 6月19日 - 連隊長・大佐金山均が自決。隷下の将兵は米軍による敗残兵掃討の結果、ほぼ全員が戦没。
- 6月24日 - 軍旗を歩兵第22連隊のそれと共に沖縄県島尻郡真壁村(現・糸満市)宇江城の第24師団司令部にて奉焼し、本連隊は終焉した。→詳細は「歩兵第22連隊 § 真栄里 22連隊最後の戦い」、および「沖縄戦 § その後の戦闘と終戦」を参照
- 4月1日 - アメリカ軍が沖縄に上陸を開始。連隊は沖縄県中頭郡西原村(現・西原町)の運玉森陣地で防御にあたり、弾薬が尽きると手りゅう弾と銃剣による白兵突撃を行い多くの犠牲を出した[1]。これ以降首里市(現・那覇市)付近で激戦を繰り広げる