歩兵第32連隊
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沖縄戦

(沖縄県糸満市、北緯26度6分56.65秒 東経127度41分7.43秒 / 北緯26.1157361度 東経127.6853972度)
1896年(明治29年)4月に編成を終え、秋田市に連隊本部を設置。1897年(明治30年)に第8師団隷下に入り、1898年(明治31年)3月24日に軍旗を拝受した。
1904年(明治37年)に始まった日露戦争に参加。戦後、秋田市から山形城(雅名は霞城)へ転営する。
1918年(大正7年)にシベリア出兵へ動員され、1922年(大正11年)に帰還した。
1925年(大正14年)5月1日、宇垣軍縮により改編され、所属替えしていた第2師団から第8師団へ戻された。
1931年(昭和6年)9月に満州事変が勃発し、1個大隊程度を派遣。 1937年(昭和12年)10月6日、満洲国駐剳となった。
1939年(昭和14年)10月、第8師団から、満洲で新設された第24師団に所属変更[1][2]。同時に、本連隊の徴募区が山形県から北海道に変更された[1]。
大東亜戦争(太平洋戦争・第二次世界大戦)で劣勢に転じた帝國陸海軍は、米軍を迎え撃つため満洲から引き抜いた兵力を南方に転用した。歩兵第32連隊からは1944年(昭和19年)3月、1個大隊がサイパン島に派遣された。同年7月8日、連隊主力に出動命令が下り、8月1日には沖縄行きを知らされた。
翌1945年(昭和20年)、沖縄戦で帝國陸海軍が米軍主体の連合国軍に敗れ、第32軍司令官・大将牛島満は6月23日に自決[3][注釈 1]。第24師団長・中将雨宮巽も同月30日に戦没した[4][注釈 1]。
歩兵第32連隊の上級司令部が不在となった[5]が、連隊長・大佐北郷格郎の下、数百名の残存将兵が島尻郡高嶺村国吉台(現・糸満市国吉)の洞窟陣地を堅持し、指揮系統を保って遊撃戦(国吉の丘陵地帯における戦闘)を展開。既に沖縄戦勝利、全県占領を発表していた米軍を悩ませ続けて、8月15日の日本の降伏宣言を迎えた[5]。
8月18日、米軍機から投下されたビラに、日本のポツダム宣言受諾について記されていた[6]が、歩兵第32連隊は米軍の謀略と疑っていた[5]。8月22日、歩兵第32連隊第1大隊長の伊東孝一大尉が米軍の軍使と接触し、連隊本部の北郷連隊長に報告した[6]。8月24日、現地の米軍司令部に伊東大尉が軍使として赴き、録音された「8月15日の玉音放送」、日本本土からのニュース音声などを聞き、さらに、既に米軍に投降していた第32軍参謀・大佐八原博通[7]と会い、「米軍の謀略ではなく、真実である」と確認した[6]。8月25日、伊東大尉は北郷連隊長に確認結果を報告し、伊東大尉が武装解除の交渉を一任された[6]。
翌26日、伊東大尉は再び米軍司令部に赴き、「武装解除は8月29日」「27日から29日まで、連隊陣地周辺の約2平方キロメートルの地域での昼夜を問わず自由行動を認める」「自由行動地域の周りに米軍が歩哨を配置して、自由行動地域内への米兵の侵入を防ぐ」の3条件で合意した[6]。歩兵第32連隊は8月28日に軍旗を奉焼し、翌29日に武装解除した[6]。この時点での残存将兵は約300名であった(配属部隊を含む)[6]。
歴代連隊長
数字は西暦の年月日。
| 代 | 氏名 | 在任期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 岩元貞英 | 1896.9.25 - 1899.2.7 | 中佐 |
| 2 | 安村範雄 | 1899.2.7 - 1902.9.30 | 中佐、1900.10.大佐 |
| 3 | 森川武 | 1902.9.30 - | 中佐、1905.3.大佐 |
| 4 | 高山公通 | 1905.3.12 - | 少佐(心得) |
| 5 | 山本延身 | 1905.6.17 - | |
| 6 | 森川武 | 1906.3.28 - | |
| 7 | 岡沢慶三郎 | 1908.12.21 - 1912.12.10 | 中佐、大佐昇進 |
| 8 | 柴豊彦 | 1912.12.10 - 1916.8.18 | |
| 9 | 大川盛行 | 1916.8.18 - | |
| 10 | 山田留太郎 | 1920.8.10 - 1922.8.15[8] | |
| 11 | 宮地太郎 | 1922.8.15 - 1924.12.15[9] | |
| 12 | 倉茂三蔵 | 1924.12.15 - | |
| 13 | 堀之内直 | 1927.3.5 - | |
| 14 | 佐藤正三郎 | 1930.8.1 - | |
| 15 | 田中清一 | 1932.10.27 - | |
| 16 | 阿部規秀 | 1935.8.1[10] - | |
| 17 | 山本源右衛門 | 1937.8.2 - | |
| 18 | 野地嘉平 | 1938.7.15 - | |
| 19 | 川村脩 | 1941.2.10 - | |
| 20 | 泉可畏翁 | 1942.4.1 - | |
| 末 | 北郷格郎 | 1944.3.1 - 1945.8.29 | 終戦直後に国吉戦線で米軍に降伏 復員後、特別進級の対象にならず |
