比嘉良智
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沖縄水産高では、栽弘義監督の下でエースとして1981年秋季九州大会準々決勝に進むが、延岡商業高に敗退。翌1982年夏の県大会は準決勝に進むが、興南高の仲田幸司、仲田秀司のバッテリーに抑えられ敗退。1982年秋季県大会準決勝でも仲田幸と投げ合うが逆転負け。翌1983年夏の甲子園県大会では、決勝でまたも仲田幸に抑えられ惜敗、甲子園出場を逸する。快速球が武器の本格派で大小2種類のカーブやスライダーなど球種が多彩。高校通算30本塁打も記録している。
1983年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから1位指名され入団。沖縄県出身の選手としては初のドラフト1位指名となった。
プロ3年目の1986年に一軍初登板を果たす。しかし、一軍登板はこの1試合のみで1987年限りで現役を引退した。
退団後は、都内で会社勤務を経て中学硬式野球チームの沖縄ダイヤモンドベースボール倶楽部や南風原ボーイズで監督を務めた。