田中力 (野球)
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育英高等学校では第49回選抜高等学校野球大会に出場した。
1978年に高校卒業後、亜細亜大学へ進学。同期の宮本賢治投手とバッテリーを組む。3年秋は1学年上の大石大二郎らと明治神宮大会準優勝。東都大学リーグ通算48試合出場、125打数23安打、打率.184、0本塁打、7打点。 大学卒業後は、社会人野球の東芝府中に入社。都市対抗野球大会には補強選手に2年連続で選出。持ち味は声が特徴とされていた。[2]
1983年のプロ野球ドラフト会議でロッテオリオンズから4000万円契約で2位指名され入団[1]。同じ社会人野球チーム出身である落合博満には自主トレを共にするなど交流があった[3]。
プロ2年目の1985年に一軍初出場を果たすが親指を怪我し、一軍出場はこの1試合のみで1987年限りで現役を引退した[4]。
引退後は伊丹リトルシニアの監督を務めている[5]。
伊丹リトルシニアは現在も続き、道中、後藤、金井、などのプロ注目選手を育てている。