毛利マセンシア
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もうり マセンシア 毛利マセンシア | |
|---|---|
| 生誕 | 元亀元年(1570年) |
| 死没 | 慶安元年4月25日(1648年6月16日) |
| 活動期間 | 戦国時代 - 江戸時代前期 |
| 宗教 | キリスト教(キリシタン) |
| 配偶者 | 小早川秀包 |
| 親 |
父:大友義鎮 母:奈多夫人 |
| 毛利 マセンシア | |
|---|---|
| 教会 | カトリック教会(キリシタン) |
| 受洗日 | 1585年 |
毛利 マセンシア(もうり マセンシア、元亀元年(1570年) - 慶安元年4月25日(1648年6月16日))は、戦国時代から江戸時代前期にかけての日本の女性。名は桂姫、長千代、孝子、通称は引地の君。マセンシアは洗礼名[注釈 1]。大友義鎮(宗麟)と奈多夫人の九女で、小早川秀包の正室。キリシタンであり夫の信仰にも影響を与えた。秀包との間には嫡男元鎮、次男元貞の他女子数名をもうけた。また、早逝の姉(臼杵統尚室)の遺女を引き取って養女とした。