ペドロ・ラモン
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サラゴサに生まれ[1]、1577年(天正5年)に同じイエズス会士だったポルトガル出身のディオゴ・デ・メスキータと共に来日する[1][2]。その後は豊後の臼杵にて修練長等を歴任し布教活動を行い[1][2]、1591年(天正19年)には肥前の雲仙にてセミナリヨの院長を務めた[1]。1595年(文禄4年)には一度離日しマカオに移住するも[1][2]、1599年(慶長4年)に再来日する。
再来日後は博多の住院上長となり[1]、1611年(慶長16年)に長崎で死去するまで日本人の修道士育成や各地の布教活動[1][2]、当時滞日していたイエズス会日本準管区長ペドロ・ゴメスがラテン語で著した『講義要綱』等の修養書の翻訳に携わった[1]。
脚注
カトリックの来日宣教師(1549年 - 18世紀) | |
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| 日本のキリスト教史 | |
| イエズス会 | フランシスコ・ザビエル · コスメ・デ・トーレス(1549) · ルイス・デ・アルメイダ(1552) · ガスパル・ヴィレラ(1556) · ルイス・フロイス(1563) · フランシスコ・カブラル (1570) · オルガンティノ(1570) · ガスパール・コエリョ(1572) · ジョアン・ロドリゲス(1577) · グレゴリオ・デ・セスペデス(1577) · アレッサンドロ・ヴァリニャーノ(1579) · ペドロ・ゴメス(1583) · ジョバンニ・ニコラオ(1583) · カルロ・スピノラ(1602) · クリストヴァン・フェレイラ(1609) · ディエゴ・コスタ(1609) · ジュゼッペ・キアラ(1643) |
| フランシスコ会 | ジェロニモ・デ・ジェズス(1594) · ルイス・ソテロ(1603) |
| ドミニコ会 | ディエゴ・コリャード(1619) |
| その他 | ジョヴァンニ・バッティスタ・シドッティ(1708) |
| 関連事項 | |
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