毛利海大
日本のプロ野球選手
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経歴
プロ入り前
田川市立伊田小学校で6年生の時に福岡ソフトバンクホークスジュニアに選出されている[3]。当時から福岡ヤフオク!ドーム(現・みずほPayPayドーム福岡)を何度も訪れ、プレー経験もあるほか、同球場で開催された2016年オールスターゲーム第1戦では始球式を務めたこともあった[4]。
福岡大学附属大濠高等学校では3年春の第93回選抜高等学校野球大会にエースとして出場。大崎との初戦で10奪三振を記録し完投勝利するなど、ベスト8進出に貢献した[5]。同年夏は福岡大会準々決勝で筑陽学園に敗れた[6]。1学年上に山下舜平大、山城航太郎、1学年下に山下恭吾、2学年下に藤田悠太郎がいた。
高校卒業後は明治大学へ進学。4年春のリーグ戦で6勝、防御率1.34を記録し、ベストナインを受賞した[7]。
2025年10月23日に開催されたドラフト会議にて、千葉ロッテマリーンズから2位指名を受けた。12月3日に契約金7000万円、年俸1200万円で仮契約した[1]。背番号は13[1]。
ロッテ時代
2026年、開幕投手に抜擢され、対埼玉西武ライオンズ第1回戦(ZOZOマリンスタジアム)に初登板・初先発。ロッテ新人の開幕投手は毎日オリオンズ時代の1950年、球団の公式戦初戦にあたる開幕戦に登板した榎原好以来76年ぶり[注釈 1][8]。試合では5回4安打無失点の好投により勝ち投手となり、これも榎原以来の球団史上2人目の開幕戦新人勝利投手となった[9]。NPB全体でも新人の開幕投手による勝利は1958年の杉浦忠(南海ホークス)以来68年ぶりである。また、この日同じく読売ジャイアンツの開幕戦で新人の竹丸和幸も先発初勝利を挙げたため、2人の新人投手が開幕戦初勝利となると1952年の三船正俊(阪神タイガース)と大田垣喜夫(広島カープ)の新人2投手が勝利して以来74年ぶり2度目の記録となった[10]。
詳細情報
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板・初先発登板・初勝利・初先発勝利:2026年3月27日、対埼玉西武ライオンズ1回戦(ZOZOマリンスタジアム)、5回無失点[11]
- 初奪三振:同上、2回表に源田壮亮から空振り三振[12]
- 打撃記録
- 初打席:2026年5月27日、対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回表に森翔平から空振り三振
背番号
- 13(2026年[1] - )