榎原好

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国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1924-09-03) 1924年9月3日
没年月日 (1998-05-27) 1998年5月27日(73歳没)
榎原 好
1955年撮影
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府福知山市
生年月日 (1924-09-03) 1924年9月3日
没年月日 (1998-05-27) 1998年5月27日(73歳没)
身長
体重
176 cm
68 kg
選手情報
投球・打席 左投両打
ポジション 投手
プロ入り 1950年
初出場 1950年3月11日
最終出場 1959年5月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

榎原 好(えばら よしみ、1924年9月3日 - 1998年5月27日[1])は、京都府福知山市[1]出身のプロ野球選手投手)、野球解説者。左投両打。

三田中学法政大学熊谷組熊谷ゴールデンカイツ国民野球連盟熊谷レッドソックス(旧・宇高レッドソックス)、篠崎倉庫を経て、1950年に毎日オリオンズへ入団[1]

入団1年目の1950年に16勝を挙げる。新人投手として開幕投手として初先発し、かつ初勝利を挙げているが、これ以後、2026年に毛利海大が榎原以来の新人開幕投手として初勝利を挙げるまで唯一の球団新人開幕戦勝利投手の記録として残り[2]、また開幕カードとしては2012年4月1日に藤岡貴裕がプロ初登板・初先発した東北楽天ゴールデンイーグルス第3回戦で初勝利を挙げるまで球団唯一の記録として残った[3]

1953年1954年には2年連続二桁勝利(13、11勝)を達成した。

その後、1956年に近鉄パールスへ移籍し、1959年に南海ホークスへ移籍して、同年に引退。

引退後は、毎日放送の野球解説者(1965年 - 1974年)を経て、ロッテオリオンズのスカウトを務めた[1]

1998年5月27日死去。享年75(満73歳没)。

速球、ドロップ、シュートで組み立てる。ドロップを決め球としており、変化球を主とする緩急投法でタイミングを外す投球が持ち味だった。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
1950 毎日 35261110167----.696824196.01882659--6903199803.671.26
1951 301430067----.462552128.01431140--0392478624.361.43
1952 261641085----.615472112.2112737--1712242332.631.32
1953 3525740138----.619671163.0149852--21254162512.821.23
1954 3127840117----.611766185.11511272--21230063532.561.20
1955 261511045----.44441198.08573812632042363.311.26
1956 近鉄 321211055----.50039093.18434011490033272.591.33
1957 45217201213----.480846209.01811364411121078622.671.17
1958 2420300113----.07137486.093103121481159535.551.44
1959 南海 1000010----1.00062.000100000000.000.50
通算:10年 285176451407770----.52453121273.11186974348167201595564573.231.27
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

背番号

  • 12 (1950年 - 1955年)
  • 14 (1956年、1959年)
  • 23 (1957年 - 1958年)

関連情報

出演番組

脚注

関連項目

外部リンク

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