気仙沼大島大橋

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日本の旗 日本
所在地 気仙沼市
交差物件 大島瀬戸
用途 道路橋、電気・水道
気仙沼大島大橋
(鶴亀大橋)
基本情報
日本の旗 日本
所在地 気仙沼市
交差物件 大島瀬戸
用途 道路橋、電気・水道
路線名 宮城県道218号大島浪板線
設計者 大日本コンサルタント[1]
施工者 JFE・橋本店・東日本建設工事共同体企業
着工 2013年平成25年)9月5日
竣工 2017年(平成29年)3月21日
開通 2019年(平成31年)4月7日
座標 北緯38度52分43.2秒 東経141度36分22.3秒 / 北緯38.878667度 東経141.606194度 / 38.878667; 141.606194座標: 北緯38度52分43.2秒 東経141度36分22.3秒 / 北緯38.878667度 東経141.606194度 / 38.878667; 141.606194
構造諸元
形式 中路式アーチ橋
全長 356.000 m
9.5 m
桁下高 32 m以上
最大支間長 297 m
関連項目
橋の一覧 - 各国の橋 - 橋の形式
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橋上の路面を大島側から撮影

気仙沼大島大橋(けせんぬまおおしまおおはし)は、宮城県気仙沼市の本土と離島である大島とを結ぶ道路である[2]愛称鶴亀大橋(つるかめおおはし)[3]。全長356メートル[4]、最大支間長297メートル。アーチ橋としては東日本で最長の橋である[5]2011年(平成23年)の東日本大震災を契機として事業化され、2019年(平成31年)4月に開通した[6]土木学会田中賞(作品部門)受賞[7]

年表

「島と唐桑にそり橋かけて渡りたいぞや今(もしくは 只)一度」という島甚句(島節)が大島にある。「唐桑」は本土側の唐桑半島のことで、大島の島民が昔から架橋を望んでいたことが窺い知れる[8]。作者や成立時期は不明だが、1917年大正6年)編纂の『大島村誌』にこれが収録されており、1960年代まで盛んに歌われた[8]

大島への架橋構想は、1967年昭和42年)の県勢発展計画で言及されたのが初めてである[6]。しかしそれ以来、半世紀に亘り架橋構想は進展しなかった[4]。2011年(平成23年)3月11日に東日本大震災が発生すると、日本に、とりわけ東北地方太平洋側3県(被災3県)を中心とした地域に災害復旧復興の機運が湧き上がるなか、大規模被災時の孤立化が避けられない大島[4]の置かれた状況も大きく変化し、「復興のシンボル」として宮城県を主体とした橋の整備事業が推し進められることになった[2][4]

2011年(平成23年)10月20日に宮城県庁で開催された第1回県道大島浪板線大島架橋設計検討委員会で、橋梁形式を中路アーチ橋にすることが決定された[9]2012年(平成24年)4月に用地買収が始まり[10]2013年(平成25年)1月23日に大島架橋事業起工式が[11]2014年(平成26年)11月15日に橋梁本体の起工式が行われた[3]。また、本体工事起工式では施設の名称と愛称名が発表された[3]

  • 一般県道大島浪板線 - 愛称:気仙沼大島龍宮海道(けせんぬま おおしま りゅうぐうかいどう)
  • (仮称)大島架橋 - 気仙沼大島大橋(けせんぬま おおしま おおはし)、愛称:鶴亀大橋(つるかめ おおはし)
  • (仮称)二ノ浜1号トンネル - 浦島1号トンネル
  • (仮称)二ノ浜2号トンネル - 浦島2号トンネル
  • (仮称)磯草3号トンネル - 乙姫1号トンネル
  • (仮称)磯草4号トンネル - 乙姫2号トンネル
  • (仮称)磯草5号トンネル - 乙姫3号トンネル

2017年(平成29年)3月29日12時30分、気仙沼大島大橋の架設が完了し[12]、10月17日に本体工事が終了した[13]。2019年(平成31年)1月4日、宮城県から同年4月7日15時に供用開始することが発表された[14]。大震災からおよそ8年後、橋本体の着工からは約4年半後の2019年平成31年)4月7日に、気仙沼大島大橋は開通した[14][2]。架橋事業の費用は、橋単体で約60億円[14]、総事業費は約270億円であった[14]

気仙沼本土と大島の間には大島汽船による定期航路があったが、大橋の開通に合わせて開通日の気仙沼港発19時00分の最終便をもって1906年明治39年)以来110年以上に亘る定期航路の歴史に幕を下ろした[15][16][8]

脚注

関連項目

外部リンク

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