気屯駅

日本の領有下の樺太敷香郡敷香町にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia

かつて気屯駅(けとんえき)と呼ばれていたスミルヌィフ駅ロシア語: Станция Смирных)、かつて日本統治時代には樺太敷香郡敷香町に存在し、現在のロシア統治下ではサハリン州にあるロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部のである。

所在地 ロシアの旗極東連邦管区サハリン州
北緯49度44分45秒 東経142度50分20秒
駅番号 99680
駅名変遷 1943年-1946年 : 気屯駅
概要 スミルヌィフ 気屯駅, 所在地 ...
スミルヌィフ
気屯駅
駅舎
Смирных
エリニキ (7 km)
(11 km) ポベージノ
所在地 ロシアの旗極東連邦管区サハリン州
北緯49度44分45秒 東経142度50分20秒
駅番号 99680
所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部
駅名変遷 1943年-1946年 : 気屯駅
所属路線 コルサコフ-ノグリキ線
キロ程 402.3 km(コルサコフ港起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1943年
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駅としては1943年から1944年にかけて古屯駅(現在のポベージノ駅)が開業するまで日本最北端の駅であった。

歴史

  • 1943年(昭和18年)11月16日 - 国有鉄道の上敷香駅 - 当駅間(51.7km)の延伸開業により設置。
  • 1944年(昭和19年)8月15日 - 当駅 - 古屯駅間(10.6km)が延伸開業。
  • 1945年(昭和20年)8月 - ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。
  • 1946年(昭和21年)2月1日 - 日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。
  • 1946年4月1日 - ソ連国鉄に編入。ロシア語の駅名は「スミルヌィフ」。

日本統治時代の駅名の由来

当駅の所在する地名からであり、地名はニヴフ語の「ケトンギー」(上の川)による[1]

駅構造

ホーム

2面3線を有する地上駅

運行状況

現在はポロナイスク駅ポページノ駅発着の1往復と、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急が全て停車する。

日本統治時代は旅客列車の運行は行なわれていたものの、軍用鉄道であり時刻表に記載されなかった。

駅周辺

町の中心部は駅裏側にある。

  • 旧.気屯飛行場跡地

隣の駅

ロシア鉄道
コルサコフ-ノグリキ線
エリニキ駅 - スミルヌィフ駅 - ポベージノ駅

日本統治時代

鉄道省樺太鉄道局
樺太東線
亜屯駅 - 気屯駅 - 古屯駅

脚注

関連項目

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