敷香駅 日本の領有下の樺太敷香郡敷香町にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて敷香駅(しくかえき)と呼ばれていたポロナイスク駅(ロシア語: Станция Поронайск)は、日本統治時代は樺太敷香郡敷香町に存在し、現在のロシア統治下ではサハリン州ポロナイスク市にあるロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部の鉄道駅。 所在地 極東連邦管区サハリン州ポロナイスク市北緯49度13分17秒 東経143度04分57秒駅番号 990700所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種類 貨客駅 грузопассажирская概要 ポロナイスク駅 敷香駅, 所在地 ...ポロナイスク駅敷香駅 駅舎 Поронайск ◄ザリーフテルペニア 336km► 所在地 極東連邦管区サハリン州ポロナイスク市北緯49度13分17秒 東経143度04分57秒駅番号 990700所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅種類 貨客駅 грузопассажирская駅名変遷 1936年-1946年 : 敷香(しくか)所属路線 コルサコフ-ノグリキ線キロ程 329.0 km(コルサコフ港起点)駅構造 地上駅ホーム 1面1線開業年月日 1936年8月30日テンプレートを表示閉じる 日本統治時代は当駅は豊原駅方面と古屯駅方面が国防上の理由からスイッチバック構造となっていた。なお、三井鉱山内川炭鉱軌道の敷香駅とは別の位置に立地していた。 歴史 1936年(昭和11年)8月30日:樺太鉄道新問駅 - 当駅間(32.5km)が延伸開業。当時は日本最北端の駅であった。 1941年(昭和16年)4月1日:樺太鉄道の国有化により、樺太庁鉄道東海岸線の駅となる。 1943年(昭和18年) 4月1日:南樺太の内地化にともない、鉄道省(国有鉄道)に編入。 11月15日:当駅 - 上敷香駅間(21.7km)延伸開業。 1945年(昭和20年)8月:ソ連軍が南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線がソ連軍に接収される。 1946年(昭和21年) 2月1日:日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 4月1日:ソ連国鉄に編入。ロシア語名「ポロナイスク(Порона́йск)」。 駅構造 駅舎内 ホーム 単式ホーム1面1線と操車場を保有する地上駅。駅舎も設けられている。 運行状況 現在はポページノ駅、チーハヤ駅と当駅の間に各1往復運行されている。また、ユジノサハリンスク駅、ノグリキ駅発着の特急も全て停車する。 日本統治時代 1945年当時 豊原方面は1日5往復運行していた。上りは元泊駅行き2本と白浦駅行きと大泊駅行きと大泊港駅行き各1本であった。下りは当駅止まりが4本、上敷香駅直通も1本あった。 上敷香駅方面は5-11月は上敷香駅との間に1日6往復、12-4月は1日4往復運行されていた。 駅周辺 アフトヴァクザール(バスターミナル) ポロナイスク紙パルプ工場(旧.王子製紙敷香工場)跡地 旧.敷香町役場跡地 旧.樺太庁敷香支庁跡地 旧.樺太庁敷香商業学校跡地 オタスの杜 隣の駅 ロシア鉄道 コルサコフ-ノグリキ線 ザリーフテルペニア駅 - ポロナイスク駅 - 336km駅 鉄道省樺太鉄道局 樺太東線 床佐駅 - 敷香駅 - 中敷香駅 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、ポロナイスク駅に関連するカテゴリがあります。 サハリンの鉄道 Related Articles