廃止時点で、単式ホーム・島式ホーム複合型2面3線を有する地上駅であった[4]。互いのホームは千鳥式に配置されており、駅舎側単式ホーム東側と島式ホーム西側を結んだ構内踏切で連絡した[4]。そのほか本線の遠鉄浜松方から南側に分岐し単式ホーム東側に位置し本線に合流する側線(留置線)を1線有していた[4]。
1963年(昭和38年)に当駅 - 奥山駅間の部分廃止による路線短縮に伴い終着駅となる前は、列車交換可能な交換駅であった[4]。右側通行となっており、島式ホームの駅舎と反対側が下り線となっていた[4]。客車を牽引して来た気動車は当駅で客車を切り離し、側線に留置させる運用となっていた[4]。
職員配置駅となっていた[5]。駅舎は構内の南側に位置し単式ホームに接していた[4]。木造駅舎であった[4]。