水田宗子
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東京府東京市大森区生まれ。父は城西大学創立者で大蔵大臣の水田三喜男[2]。第二次世界大戦時に父の故郷千葉県安房郡曽呂村と勝山町で疎開する[2]。
雙葉小学校、雙葉中学校、高等学校を経て[3]、東京女子大学文理学部英米文学科を卒業後、1970年にイェール大学大学院で博士(アメリカ文学)[4]。1970年からメリー・マウント大学、スクリップス大学英文学部で助教授[4]として現代英米文学、批評理論などを担当し、1974年から南カリフォルニア大学で比較文学部助教授、準教授を務め[4]、アメリカ文学、日欧米比較文学、フェミニズム批評理論などを講義した。
1982年城西大学短期大学部設立準備室へ参画して1983年短期大学部が開学する。1992年城西国際大学が開学して人文学部教授、1994年から1996年まで城西大学学長、1996年から2009年まで城西国際大学学長[4]、2004年に学校法人城西大学理事長となり[5]、2016年理事長退任[5]、2017年理事を解任される[5]。
華南師範大学、東北大学、大連理工大学、瀋陽師範大学で名誉教授、ハンガリー・セント・イシュトヴァーン大学と韓国の東西大学校から名誉博士号、ハンガリー・ブダペスト商科大学から特別栄誉教授。
不適切支出問題
2016年12月に学校法人城西大学理事会で、小野元之理事(2016年12月以降、学校法人城西大学理事長代理)から解任が動議されて決議され、理事長を退任する[5]。2017年4月に学校法人城西大学は、水田理事長時代の不適切な支出などの疑義で会計調査委員会を設置[6]して5月31日に記者会見した[7]。
2017年5月に水田は、不正利用は事実無根で記者会見により名誉が棄損されたとして、学校法人城西大学および記者会見した北村幸久法人事務局長を被告として提訴して記者会見(動画)した。2020年2月26日に東京地方裁判所は水田の請求を棄却した[8][9]。
2017年9月8日に調査委員会は4億円の不適切支出があったとする報告書を公表し、水田は同日城西大学理事を解任された[5]。大学は損害賠償の民事訴訟、および刑事告訴を行った。水田の代理人弁護士は「報告書に重大な瑕疵があり、解任理由にならない。水田氏は、このような違法な決議を容認することはできず、断固とした対応を検討している」とコメントした[10]。解任理由として小野氏から不適切な発言があり名誉が棄損されたとして、小野氏を訴えた[11]。2019年9月3日に最高裁第三小法廷 宮崎裕子裁判長は上告棄却し[12]、水田は完全敗訴した。
受賞歴
- 2011年(平成23年)5月 - The Pro Cultura Hungarica Prize(ハンガリー共和国文化勲章)
- 2013年(平成25年)11月 - Commander’s Cross of the Order of Merit of Hungary (civil division)(ハンガリー共和国中十字勲章)
- 2013年(平成25年)12月 - スウェーデン大使館より、生命の尊厳を表現する詩人に授与される「チカダ賞」受賞[13]
名誉学術称号
- 2007年(平成19年)12月 - 中国・華南師範大学名誉教授
- 2010年(平成22年)9月 - 韓国・東西大学名誉博士
- 2011年(平成23年)6月 - ハンガリー共和国・セント・イシュトバーン大学名誉博士
- 2012年(平成24年)9月 - 中国・東北大学名誉教授
- 2012年(平成24年)11月 - ハンガリー・ブダペスト商科大学特別栄誉教授
- 2013年(平成25年)5月 - 中国・大連理工大学名誉教授
- 2013年(平成25年)9月 - 中国・瀋陽師範大学名誉教授
- 2014年(平成26年)2月 - 韓国・建陽大学校名誉博士
- 2014年(平成26年)4月 - 中国・香港城市大学名誉教授
- 2015年(平成27年)1月 - マレーシア・マネジメント&サイエンス大学名誉博士