水谷昇
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三重県河芸郡、のちの河芸町(現津市)で生まれた[3]。1916年(大正5年)三重師範学校卒[2]。小学校訓導、桑名高等女学校教諭を経て[2]、桑名町議、同議長、桑名市議、同議長、木曽岬村長、三重県議などを歴任し[2]、1946年の第22回衆議院議員総選挙で三重県から立候補するが次点。しかし翌1947年に長井源が辞職したことから、3月19日に繰り上げ当選となった。以来連続4期務め、衆議院図書館運営委員長、第3次吉田内閣で文部政務次官を務めた[2]。1953年の第26回衆議院議員総選挙で落選。1956年の第4回参議院議員通常選挙に全国区から自由民主党公認で立候補したが落選[4]。落選後の1959年、桑名市長に当選し、5期20年務めた[1]。のちに桑名市から名誉市民を贈られた[2]。
このほか、三重鋳物工業組合理事長、三重軽金属工業社長などを歴任[2]。書家としても知られ、日本書道連盟副会長、全国書道教育協会長も務めた[3]。
1966年4月の春の叙勲で勲二等に叙され、瑞宝章を受章する[5]。
1988年(昭和63年)7月31日、死去。92歳没。同年8月12日、特旨を以て位記を追賜され、死没日付で従四位に叙され、銀杯一組を賜った[6]。
脚注
参考文献
- 廣新二『日本政治史に残る三重県選出国会議員』廣新二、1985年。
- 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第2巻、歴代知事編纂会、1983年。
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 『国政選挙総覧:1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。
| 公職 | ||
|---|---|---|
| 先代 諏訪精一郎 |
1959年 - 1975年 |
次代 水谷嘉治 |
| 議会 | ||
| 先代 伊藤郷一 |
1948年 - 1949年 |
次代 早稲田柳右衛門 |
| 官選 |
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|---|---|---|---|---|---|
| 公選 |
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| 全般 | |
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