水車町
札幌市豊平区の地名
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地理
歴史
開拓時代にはこの地区に官営の製材所があったが、明治20年代に入ると、豊平川の分流「水車川」を利用した水車小屋が作られ、精米、製粉などのための動力源として活用されていた[3][4][5][8]。また、同じ頃から、近隣の平岸・中の島・旭町とともに、リンゴの栽培が本格的に行われ、多くの果樹園が作られた[9]。水車川は現在の水車町5丁目の難得神社(難得大龍王)の下手辺りで豊平川から分かれ、水車町公園の横を通り、南7条橋と豊平橋の中間辺りで再び豊平川に合流した[4][9]。
最盛期の大正初期には7、8軒の水車小屋があり、当時札幌市内に供給される米や粉の加工は、全てこの地域で行われていた[4][9]。だが、大正中期に電気の普及が始まると、水車の需要は激減し、1924年(大正13年)までには、水車小屋は完全に姿を消した[4][9]。1962年(昭和37年)に、南大橋が架設されて札幌市街との連絡が至便になると、住宅地化が進み、果樹園の数も減少していった[3][9]。水車川も家庭排水による汚染が進み、1973年(昭和48年)に埋め立てられた[4][9]。かつての河道は遊歩道やサイクリングロードとして残っている[4][8][9]。
行政区分
大正時代までは札幌市字豊平町であったが、1925年(大正14年)に豊平河岸 1~9 丁目に町名変更される[10]。また、地域の住民には水車通りの通称でも呼ばれるようになった[3]。
1950年(昭和25年)に水車町1~13丁目となる[3][10]。1979年(昭和54年)1月29日の町名整理により9~13丁目が廃止され、改めて1~8丁目に再編されて現在に至る[3][10]。
町名の読み
2025年(令和7年)10月28日まで、札幌市が公式に定める町名の読みは「すいしゃちょう」となっていた[11]。しかしながら、地元住民の間では「すいしゃまち」の読み方が定着しており、長年に渡って「違和感がある」との声があり[12][13]、バス停や事業所名には両方の読みが混在する状態であった[12][13]。この読みになった原因は不明だが、1979年の町名再編の際の書類には「すいしゃちょう」とルビが振られていることが確認されている[12][10]。
このため、2023年(令和5年)から地元の旭水町内会が「すいしゃまち」への町名改正を求め市と話し合いを始め、他市の事例等を参考に署名活動を開始、2025年(令和7年)2月27日に旭水町内会が住民1,060人分の署名を集めて要望書とともに市に提出[12][13]。市ではこれを受け、町名改正の検討を開始、現地調査や地域の住民や事業所等への聞き取り等を実施した[14]。同年7月2日には有識者による「札幌市住居表示懇談会」を開催し[15]、改正について問題がないことを確認。同年9月、市議会に町の名称の変更の議案が提出され[16]、10月6日、市議会で町名改正が議決された[17]。その後、10月14日の町名改正の告示がなされ、2025年(令和7年)10月29日に「すいしゃまち」への町名変更が施行された[18][19]。
住所
| 町丁 | 郵便番号 |
|---|---|
| 水車町1丁目~8丁目 | 062-0912 |
主要道路
施設
交通機関
鉄道
町域内に鉄道駅はない。近隣の以下の駅が最寄りとなる。