水野紀文

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名前 水野 紀文
生年月日 (1941-02-25) 1941年2月25日(84歳)
国籍 日本の旗 日本
水野 紀文
Norifumi MIZUNO
基本情報
名前 水野 紀文
生年月日 (1941-02-25) 1941年2月25日(84歳)
国籍 日本の旗 日本
経歴
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水野 紀文(みずの のりふみ、1941年2月25日 - )は、日本プロゴルファー

20歳の時にプロテストで合格し、以後15年間トーナメントで活躍[1]

1971年中日クラウンズでは初日に68、2日目には69をマークし、内田繁と共に通算3アンダーで首位の尾崎将司から3打差の3位に着けた[2]

1972年の同大会では2日目に66をマークし、松井一敏鈴村久原孝男と共に首位のテリー・ケンドールニュージーランドの旗 ニュージーランド)から4打差で続いた[3]

1978年関西プロでは2日目には69をマークして宮本康弘と並んでの首位タイ[4]に立ち、3日目には松井・中村通上野忠美と並んでの9位タイ[5]に着けた。

1979年日本オープンでは初日に2アンダー70をマークし、アマチュアの金子柱憲、上野・窪田茂川村正己と並んでの首位タイ[6]でスタート。

1990年中部オープン[7]を最後にレギュラーツアーから引退し、レッスン活動転身後は16タイプに分類した個別対応スウィング理論が圧倒的支持を受け、プロ野球がシーズンオフの10月から4月までの毎週金曜日にはCBCラジオ「スポーツ探偵団」キャスターを務めた[1]

著書

脚注

外部リンク

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