水鏡天満宮

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所在地 福岡県福岡市中央区天神一丁目15番4号
位置 北緯33度35分33.73秒 東経130度24分6.43秒 / 北緯33.5927028度 東経130.4017861度 / 33.5927028; 130.4017861座標: 北緯33度35分33.73秒 東経130度24分6.43秒 / 北緯33.5927028度 東経130.4017861度 / 33.5927028; 130.4017861
主祭神 菅原道真
社格 村社
水鏡天満宮
境内と本殿
所在地 福岡県福岡市中央区天神一丁目15番4号
位置 北緯33度35分33.73秒 東経130度24分6.43秒 / 北緯33.5927028度 東経130.4017861度 / 33.5927028; 130.4017861座標: 北緯33度35分33.73秒 東経130度24分6.43秒 / 北緯33.5927028度 東経130.4017861度 / 33.5927028; 130.4017861
主祭神 菅原道真
社格 村社
別名 水鏡神社[注釈 1]
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水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)は、福岡県福岡市中央区天神一丁目にある天満宮の1つである。社格は村社。

菅原道真より大宰府左遷される道中で博多に上陸した際、庄村にある四十川(道真は「死時有川」と表現、現在の薬院新川)の水面に自分の姿を映し、水面に映る自身のやつれた姿をみて嘆き悲しんだとされ[2]、これにちなんで庄村(現在の中央区今泉)に社殿が建造され「水鏡天神(すいきょうてんじん)」「容見天神(すがたみてんじん)」と呼ばれた。

江戸時代初期の慶長17年(1612年福岡藩初代藩主・黒田長政によって「水鏡天満宮」として福岡城鬼門にあたる現在の地に移転された。ちなみに、「天神」とは菅原道真のことをさし、福岡市中央区の「天神」の地名は、この天満宮に由来する[2]

祭事暦

社宝

  • 木彫渡唐天神像(県指定文化財) - 享保14年(1729年)、大仏師正慶作
  • 水鏡天満宮縁起 - 延宝2年(1674年)、大鳥居信祐作
  • 綱敷天神像 - 狩野栄川院法印典信画
  • 鳥居扁額(北側) - 貴族院副議長・修猷館館長 、侯爵黒田長成揮毫
  • 鳥居扁額(南側) - 昭和の首相、広田弘毅の小学生の時の揮毫したといわれる。

境内の施設

摂末社

水鏡天満宮境内の主な摂末社(境内社)は次の通り。

交通アクセス

参考文献

脚注

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