水鏡子
日本のSF評論家
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
1953年、兵庫県に生まれる[5]。神戸大学文学部卒業[1]。
在学中の1972年に米村秀雄、大野万紀らと神戸大学SF研究会を設立。 1973年8月には、筒井康隆が主宰するSFファングループ「ネオ・ヌル」に、山本義弘、小笠原成彦、岡本俊弥、大野万紀らと参加。またこの「ネオ・ヌル」グループはスタッフとして、筒井を大会名誉委員長として1975年8月に、日本SF大会「SHINCON」を神戸で開催。
1978年に「アンダースンの『脳波』で初めて解説を書いて原稿料をもらった」という[6]。
SFファンダムKSFA(海外SF研究会、1974年結成[7])の活動に関わる一方で[6]、『奇想天外』、『SFマガジン』、『週刊読書人』などの誌上や、文庫本の解説などで、おもに海外のSF作品の時評・評論を行う[1]。
1984年から1985年に、当時、新潮社の編集者だった大森望の企画のもと、『世界SF全集』のアンソロジー巻「世界のSF現代編」の「宇宙テーマ版」として構想されたアンソロジーに、基本となる作品リスト作成などでかかわり、最終的に伊藤典夫・浅倉久志編による『スペースマン 宇宙SFコレクション1』『スターシップ 宇宙SFコレクション2』として新潮文庫から刊行された[8][9]。
2000年、「文庫解説の系譜 一読書展開の私信として」によりSFファンジン大賞 翻訳・紹介部門を受賞した。
自宅に数万冊規模の蔵書を有し、書庫を構えている[10][11]。
SFファンダムで、ともに「神大四天王」のひとりとして知られた大野万紀は[13]、水鏡子のことを「老境に入ろうとする独身オタク」と表現している[10]。
大森望は、水鏡子のことを「マニア上がりのSF評論家」と表現しており、高校時代にSFの洋書を海外発注するやり方が判らず、海外SF研究ファンジンに問い合わせをしたところ、水鏡子から返信が来た旨を記している[14]。大森望がSFのプロとなったのちの文章で、水鏡子のことを「水鏡子師匠」と呼んだことがある[15]。
著書
- 『乱れ殺法SF控:SFという暴力』青心社、1991年