永富浩
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名古屋市千種区の私立愛知高等学校を卒業後、1982年に日本サッカーリーグ(JSL)1部の三菱重工業サッカー部に加入。2年間は公式戦出場なしで、3年目以降も関口久雄や吉田靖の控えに回ることが多かったが、1986年頃から得意のドリブルを武器に出場機会が増え、アジアの核弾頭・原博実や、名取篤、辻谷浩幸、広瀬治の帝京トリオとともに攻撃に加わった。1987-1988年シーズンには、メシアス、水沼貴史、浅岡朝泰、ラモスらを抑え、JSLアシスト王(11アシスト)のタイトルを獲得。1989年にチーム初のJSL2部降格を経験。ルーキー福田正博の大活躍で1部復帰を果たした翌1989-1990年シーズンまでプレーした。