永尾神社
熊本県宇城市不知火町永尾に鎮座する神社である。
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由緒
713年(和銅6年)、元命天皇の勅願により、国郡鎮護のため創建された。社伝によると、かつて海童神が、はるかかなたより「えい」の背中に乗ってやってきて、この地に鎮座したと伝わる[1][2]。神社が鎮座する北側の鎌田山から鎮座地にかけての地形が、不知火海側から見ると「えい」が山に向かって横たわっているように見え、神社の場所が「えい」の 尾(しっぽ)の位置にあたるため、「永尾(えいのお)」と呼ばれるようになった[2]。また、「えい」の尾が剣状であるため、別名が剣神社とよばれている[3]。伝説では、太古に海童神を乗せた巨大な「えい」が、不知火海から神社鎮座地の宇土半島を乗り越えようとすると、巨大な網で行く手を阻まれ引き返すこともできず、その場に鎮座し「えい」の尾の先に神社が建立されたと伝わる[2]。諸説あるが、その網を引いた場所に、網津、網引、網田の地名がついたともいわれている[2]。氏子のなかには「えい」は神の眷属として食べない者がいる[2]。特に胃腸病平癒の御神徳の神として崇められている[4]。不知火海を望む海中に鳥居が立つ。
毎年、旧暦の8月1日に行われる八朔祭は、不知火出現の日と重なるため、小高い丘にあり眺めの良い境内には、多くの参拝客が訪れる。
