永田富佐子

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生誕 (1951-08-18) 1951年8月18日
死没 (2025-06-15) 2025年6月15日(73歳没)
身長 154 cm (5 ft 1 in)
国籍 日本の旗 日本
永田 富佐子
Fusako Nagata
基本情報
生誕 (1951-08-18) 1951年8月18日
死没 (2025-06-15) 2025年6月15日(73歳没)
身長 154 cm (5 ft 1 in)
国籍 日本の旗 日本
出身地 日本の旗長崎県
経歴
プロ転向 1977年=JLPGA23期
優勝数
日本LPGA 7
成績
初優勝 週刊女性・JUNON女子オープン
ベストスコア 66
賞金ランク最高位 7位 (1987年)
2021年5月27日現在
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永田 富佐子(ながた ふさこ、1951年8月18日 - 2025年6月15日[1])は、長崎県佐世保市出身の日本の女子プロゴルファー

佐世保市立福石中学校出身。長兄が勤務していた青梅カントリークラブ (東京都) にキャディとして就職し、ゴルフを始める[2]

1976年にプロテストに合格し、翌年日本女子プロゴルフ協会 (JLPGA) 入会。

1978年から1985年までは優勝なし。賞金ランキングは30位以内が続く。

1986年、週刊女性・JUNON女子オープンで通算6アンダー、2位・鈴木志保美に3打差でツアー初優勝。伊藤園レディスゴルフトーナメントでは黄玥珡とのプレーオフに敗れた。日本女子プロゴルフ選手権大会では首位の生駒佳与子ら3人に1打及ばず4位タイ。賞金ランク9位。

1987年、Qtaiクイーンズで通算9アンダー、2位・小林法子に3打差で優勝。日本女子プロは吉川なよ子とのマッチレースとなった。最終日は首位・永田、2打差2位・吉川で迎えたものの吉川が6番からの4連続バーディーなどで逆転。永田が11番からの5ホールで4バーディーと再逆転するも17、18番の連続ボギーを叩いて7アンダーで並びプレーオフに。3ホール目のパー5で吉川がバンカーに捕まりダブルボギー。ボギーでまとめた永田が公式戦初優勝を飾り、前年の雪辱を果たした[2]。西海国立公園女子オープンゴルフトーナメントでは通算5オーバー、2位・戴玉霞に1打差で優勝。賞金ランクは自己最高の7位。

1988年中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンでは通算1アンダーで吉川、戴、中島エリカと並んだ4人プレーオフを制し優勝。賞金ランク14位。

1989年ダンロップレディスオープンゴルフでは谷福美にプレーオフで敗れた。賞金ランク15位。1990年1991年は優勝なし。

1992年、中京テレビ・ブリヂストンレディスオープンでは14位タイで迎えた最終日に自己ベストスコア66を記録し通算4アンダー、2位・安井純子に1打差で同大会2度目の優勝。賞金獲得額3,679万円余で自己最高。賞金ランク13位。

1993年ミヤギテレビ杯女子オープンゴルフトーナメントでは通算11アンダー、2位・中野晶に10打という大差で優勝。賞金ランク16位。

1994年以降、レギュラーツアー優勝からは遠ざかった。

2006年、レジェンズツアーで優勝。

成績

JLPGAツアー優勝 (7)

No.日程大会名スコア2位との差2位(タイ)
11987年7月18-20日週刊女性・JUNON女子オープン-6 (70-69-71=210)3打差日本の旗 鈴木志保美
21987年8月7-9日Qtaiクイーンズ-9 (68-73-69=210)3打差日本の旗 小林法子
31987年9月10-13日日本女子プロゴルフ選手権大会 -7 (70-67-72-72=281)プレーオフ日本の旗 吉川なよ子
41987年11月13-15日西海国立公園女子オープン+5 (76-73-72=221)1打差中華民国の旗 戴玉霞
51988年5月20-22日中京テレビ・ブリヂストンレディスオープン-1 (70-70-75=215)プレーオフ日本の旗 吉川なよ子
中華民国の旗 戴玉霞
日本の旗 中島エリカ
61992年5月22-24日中京テレビ・ブリヂストンレディスオープン-4 (72-74-66=212)1打差日本の旗 安井純子
71993年9月24-26日ミヤギテレビ杯女子オープン-11 (70-68-67=205)10打差日本の旗 中野晶

太字は公式戦

人物

脚注

外部リンク

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