池谷三郎

From Wikipedia, the free encyclopedia

生年月日 1923年8月19日
没年月日 (2002-10-19) 2002年10月19日(79歳没)
最終学歴 慶應義塾大学
いけたに さぶろう
池谷 三郎
『放送』1955年5月号(日本放送文化協会)より
プロフィール
出身地 日本の旗 日本 東京都中央区
生年月日 1923年8月19日
没年月日 (2002-10-19) 2002年10月19日(79歳没)
最終学歴 慶應義塾大学
職歴 ラジオ東京アナウンサー
東京アナウンス学院校長
活動期間 1951年 - 1969年
ジャンル 音楽・娯楽番組
配偶者 あり[1]
担当番組・活動
その他 東宝東映大映映画にアナウンサー役で出演。

池谷 三郎いけたに さぶろう[2][3][4]1923年大正12年〉8月19日[5] - 2002年平成14年〉10月19日[6]は、日本アナウンサー俳優

東京都[4]中央区日本橋出身[7]青山学院専門部を経て慶應義塾大学文学部卒業[8]

1951年10月、開局を控えたラジオ東京(KRT。後のTBS)にアナウンサー第1期生として入社[9][4]。入社1年目に駅伝中継を担当[7]

浪曲天狗道場』では1954年10月の第1回から司会を担当[7]。ラジオ番組においてトップレベルの聴収率を上げる功績を残す。池谷も『浪曲天狗道場』を始めるまでは、浪曲のことは全く何も知らず、「広沢虎造の『次郎長伝』といっても、大政も知らなければ小政も知らなかった」という[10]

1966年1月、ラジオ局放送部兼テレビ編成局アナウンス部[11]1967年11月15日、アナウンサー研修室設置に伴い幹事へ就任[12]1970年1月、教育事業本部計画室。1971年5月、教育事業本部教育部兼管理部。1972年2月東京学院へ出向。1974年4月、TBSに戻り、人事室開発センター。1975年9月、人事室。1977年7月、テレビ本部放送業務局。1977年8月、放送業務局視聴者センターにそれぞれ在籍[11]1978年8月、TBSを定年退職[13][11]。その後は東京アナウンス学院の校長などを務める[5]

俳優としては、TBS在職中に『ゴジラ』(1954年)よりアナウンサー役として出演[2][14][15][7][5]。以降、東宝特撮映画などにも出演し[2][14][16][3][4]、特撮映画ファンの間からは「いつものアナウンサー」という通称で呼ばれていた[17][15][18][6]。『ゴジラ』などの監督を務めた本多猪四郎は、池谷を起用した理由について、若手で顔と声が良かったためとしている[14]。映画出演は、アナウンス業務の空き時間に合わせて参加していたという[14]

1991年、『ゴジラvsキングギドラ』公開直前に放送されたNHKの特番に堺左千夫橘正晃とともに出演し、インタビューに答えていた[出典無効]

2002年10月19日間質性肺炎のため神奈川県鎌倉市の病院で死去[1]79歳没

出演

ラジオ

テレビ

テレビドラマ

映画

脚注

参考文献

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI