汪養然事件
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上海市に生まれ、その後イギリス領香港に渡って貿易業を始め、50歳代はじめには貿易商社3社を経営し、手広く中国貿易を行っていた香港在住の中国人、汪養然は、1971年(昭和46年)頃、中国情報機関員から「香港において中国と取引する中国人業者は、祖国の建設と祖国防衛に協力する義務がある」と迫られた[1][2][3]。情報機関員は、汪に対し、中国との貿易取引を継続する見返りとして、日本における軍事、産業技術等の情報収集活動を行うよう指示した[1][2][3]。以後、汪養然は、貿易業務の一環であるよう装って頻繁に日本を訪れ、内妻の居宅をアジトとして日本人エージェント数人を利用しながら、
警視庁公安部外事二課は、1976年1月26日、日本滞在中の汪養然(当時54歳)を逮捕した[1]。1976年2月16日、東京簡易裁判所は貿易商汪養然に対し、外国為替及び外国貿易管理法違反で罰金20万円の判決を下した[1][注釈 2]。