沢田大塚古墳

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別名 操山40号墳
所在地 岡山県岡山市中区沢田
位置 北緯34度40分2.20秒 東経133度58分4.96秒 / 北緯34.6672778度 東経133.9680444度 / 34.6672778; 133.9680444座標: 北緯34度40分2.20秒 東経133度58分4.96秒 / 北緯34.6672778度 東経133.9680444度 / 34.6672778; 133.9680444
沢田大塚古墳

墳丘・石室開口部
別名 操山40号墳
所属 操山古墳群
所在地 岡山県岡山市中区沢田
位置 北緯34度40分2.20秒 東経133度58分4.96秒 / 北緯34.6672778度 東経133.9680444度 / 34.6672778; 133.9680444座標: 北緯34度40分2.20秒 東経133度58分4.96秒 / 北緯34.6672778度 東経133.9680444度 / 34.6672778; 133.9680444
形状 円墳
規模 直径16m
埋葬施設 片袖式横穴式石室
築造時期 6世紀
史跡 なし
地図
沢田大塚古墳の位置(岡山県内)
沢田大塚古墳
沢田
大塚古墳
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750 m
沢田大塚古墳
二股古墳
八畳岩古墳
沢田裏山古墳
旗振台古墳
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萩の塚古墳
古墳の位置

沢田大塚古墳(さわだおおつかこふん、操山40号墳)は、岡山県岡山市中区沢田にある古墳。形状は円墳操山古墳群を構成する古墳の1つ。史跡指定はされていない。

岡山県南部、岡山市街地中心部から東に位置する独立山塊の操山において、山塊の北側尾根上に築造された古墳である[1]。古くから石室が開口し、現在は内部に石仏が祀られる[2]。発掘調査は実施されていない。

墳形は円形で、直径16メートル[1](または25メートル[2])を測る。埋葬施設は片袖式の横穴式石室で、西方向に開口する。石室全長11.4メートルを測る大型石室で、石材には巨石が使用される。石室内の副葬品は明らかでない[2]

築造時期は、古墳時代後期の6世紀代と推定される。旭川東岸で知られる古代氏族の上道氏との関連性、およびその氏寺の1つの幡多廃寺跡(岡山市中区赤田)との関連性が注目される(同様に上道氏の関連では唐人塚古墳賞田廃寺跡の例が知られる)[1]

埋葬施設

石室俯瞰図
石室展開図

埋葬施設としては片袖式の横穴式石室が構築されており、西方向に開口する[1]。石室規模は次の通り[1]

  • 石室全長:11.4メートル
  • 玄室:長さ4.8メートル、幅2.4メートル
  • 羨道:長さ6.4メートル、幅1.7メートル

奥壁は巨石の3段積みによる[1]。吉備の三大巨石墳のこうもり塚古墳総社市)・箭田大塚古墳倉敷市)・牟佐大塚古墳(岡山市北区)では奥壁が1段ないし2段積みであることから、本古墳はそれらに先行すると位置づけられ、当時としては有数の大型石室と評価される[1]

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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