河尻春之

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河尻春之の墓

河尻 春之(かわじり はるゆき、宝暦6年(1756年) - 文化12年12月22日1816年1月20日))は、江戸時代後期の旗本。初名は育(やしなう)、後に春、或いは春之に改める。通称は甚五郎。妻は石川公鬯の娘。官途肥後守、のちに式部少輔。

参考文献

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