河野土洋

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出身地 日本の旗 日本 東京都
死没 (2017-10-29) 2017年10月29日(76歳没)
河野 土洋
生誕 1941年8月31日
出身地 日本の旗 日本 東京都
死没 (2017-10-29) 2017年10月29日(76歳没)
学歴 東京工業大学卒業[1]
ジャンル コマーシャルソング
付随音楽
吹奏楽
職業 作曲家
編曲家
担当楽器 シンセサイザー
著名な家族 河野圭

河野 土洋(かわの くにひろ、1941年8月31日[2] - 2017年10月29日[3])は、日本作曲家編曲家東京都出身[1]。長男は、作曲家の河野圭

テレビCM吹奏楽など幅広いジャンルで活躍。シンセサイザーによる楽曲も多く手掛けた[1]。代表作に、AC(公共広告機構)のサウンドロゴテレビアニメサザエさん』の劇伴BGM〈2代目〉)など[1][4]

中学生の頃からヴァイオリンを始め、朝日ジュニア・オーケストラにて指導者で作曲家の呉泰次郎に音楽の基礎を学ぶ。東京都立新宿高等学校卒業[5]

学生時代には大学のオーケストラや芥川也寸志が音楽監督を務めた新交響楽団のコンサートマスターとして活動。芥川直々の指導のもと、長期にわたるリハーサルや数多くのコンサートを通じて楽曲を演奏・分析した経験が、その後の音楽活動に大きな影響を与えることとなった。同時期に和声学を島岡譲に学んだ。

東京工業大学大学院修士課程では高分子材料工学を専攻[1]。修了後は三菱製紙研究所で研究職に就くが、3年後に辞して本格的にプロの音楽家へ転身[1]。ヴァイオリニストとしてスタジオミュージシャン活動を始め、作曲活動としてTVCMの音楽がヒットし、業界で認められるようになった。

その後は博覧会や企業のイベント、PRビデオなどの音楽制作をはじめ、TVドラマ、アニメ、ゲーム、学習・教育教材、ステージなどの音楽、そしてポップスCDへと広がっていった。

1998年、吹奏楽作品「ブラジリアン・ポートレート」が全日本吹奏楽コンクールの課題曲に選ばれる[1]。以来、吹奏楽作品にも取り組んでいる。

母校である東京工業大学では、世界文明センターの芸術学院・特任教授として「ミュージック・サウンド入門」の講義を担当した。

2017年10月29日、急逝[3]。76歳没。告別式は同年11月1日に行われた[6]。訃報は、日本音楽著作権協会会報「JASRAC NOW」(2018年4月号)に掲載された[3]

特色・人物

「皆が喜ぶ、愛のある優しい曲作り」を目指しており、クラシックで磨いたオーケストレーションやストリングスのアレンジを基調としている。作曲ジャンルは幅広く、音頭や演歌、ポップス、ロック、クラシックまで手掛けた。

シンセサイザーの導入にも早くから取り込み、小説『宇宙皇子』のイメージアルバムであるシリーズ「交響絵巻・宇宙皇子(うつのみこ)」(全10巻・日本コロムビア)では、生楽器の生演奏のオーケストラや横笛やピアノと、シンセサイザーの中でも歴代の名器といわれる国内外の音源を駆使した演奏とのコラボレーションを実現させた作品となっている。

手掛けたCM音楽の数は1200曲を越え、企業のサウンドロゴは1400以上作成したという。

ACジャパンのサウンドロゴに関して、当初は「バカ正直に」"A-C(ラ・ド)"の音程にしようとしたが、「なんとなく座りが悪い」との理由から、長2度上げた“H-D(シ・レ)”の音程にしたという[7]

テレビアニメ『サザエさん』では、越部信義の後任として劇伴BGM)を作曲を1998年から死去する2017年まで担当。作中では既存の越部の楽曲と共に使用され、没後も引き続き使用されている。なお、2019年以降の新曲は息子である河野圭が引き継いで担当している[8]

東京工業大学での講義は、クラシックの和声学とジャズ・ポピュラーのコード理論を並列して取り上げ、あらゆる音楽を受け入れ、生演奏の作品はもちろん、ピアノや五線譜に頼らないパソコンでの作品制作を課題とするユニークなものであったという。

岐阜メモリアルパークにおける石井幹子デザインによるライトアップイベントでは、4種類のコンピュータ・コントロールの8トラック音楽を光と同期・演奏させるという複雑で緻密な作品も手がけた。

主要作品

著書

脚注

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