沼田麝香
From Wikipedia, the free encyclopedia
永禄5年(1562年)頃に藤孝に嫁いだ。永禄6年(1563年)に嫡子・忠興を出産。藤孝は側室、妾を持たず、その後も麝香との間に興元、伊也、幸隆、於千、孝之、加賀子、小栗らを生んだ。
慶長5年(1600年)、忠興の正室・ガラシャが西軍の人質となるのを拒み自害(小笠原少斎に胸を突かせたとも)。その行動に影響を受けて、翌年、洗礼を受けることとなる。
また、この年の田辺城の戦いにおいては息子の留守を守るため、具足を付け夫ともに奮戦した。
慶長6年(1601年)に息子忠興の家臣小倉入部に影響され受洗。洗礼名はマリア。通称は夫の苗字を洗礼名の上に付け細川マリアと呼ばれる。
元和4年(1618年)7月26日に死去。享年75。戒名は光寿院殿華岳宗英大禅定尼。墓所は京都市左京区南禅寺天授庵。なお、肖像画は3種類存在する。
