東京生まれ[5]。1949年、東京外国語大学ロシア科を卒業し、泉 三太郎名義で『イルクーツク物語』の翻訳(1961年度テアトロン賞)など、当時のソビエト文学の翻訳、紹介とともに、自作の小説、評論等を発表する[6]。さらにソビエトの演劇を紹介し、「イルクーツク物語」「私のかわいそうなマラート」などの日本での上演にも関わった[7]。
1955年に大病を患ったのを機に、出版社経営に注力するようになり、図書出版社社長、ダヴィッド社取締役などを務めた[6]。出版流通対策協議会会長・相談役も務めた[2]。
20代から狩猟を趣味とし、全日本狩猟倶楽部理事を務め[6]、副会長にもなった[7][4]。